感染る音(冷蔵庫)

「お腹すいたーぁー」

 ばたんと扉を開けて一声。帰ってくるなりルームメイトに嫌そうな顔をされるが、事実は事実だ。お腹すいた。今、私の腹の虫は咆哮している。

「うっさいわねあなた。夕飯、ちゃんと食べなかったの?」

 勉強机に向かったまま半目で睨みつけてくる。なんだよう。

「二回お代わりしたら寮母さんに怒られた」

「三人前食べてるじゃないの」

「美味しくなかった?」

「そういう問題じゃないでしょう」

 ではどういう問題だというのだ。

「きみちゃーん、お菓子もってない?」

「もっててもあなたにはあげません」

「なんだって! きみちゃんのけちんぼー」

 つんつんと背中をつつく。

「止めて。止めなさいったら! もう!」

 小学生か、と怒鳴られる。高校生だよ。

「まったく。騒いでまた怒られたらどうするんですか。毎回毎回原因はあなた。ふざけないでよね」

「お腹すくのは真面目な話だよ」

「呆れてものも言えないわ……」

 のそのそと上のベッドに登る。天井が近い。

「もう寝ますの?」

「果報とごはんは寝て待つことにしてるー」

「……電気、消灯までは消しませんからね」

「いいよ、おやすみー」

 

 当然、寝られるわけもない。

 消灯時間になっても腹の虫は治ることを知らない。

 ぐぅ。すごい音がした。あとお腹すいた。

「あの」

 したのベッドから声。

「なんだいきみちゃん……私はいま精神統一してるのだよ……空腹から

 逃げるために……」

「苦行じゃありませんか。じゃなくて。その音、どうにかしてもらえません?」

 うるさいったらありゃしない、と体の向きを変える布擦れの音。

「いま無理なら無理ですね」

 ぐぅ。おさまらない。

「……きみちゃん」

「精神統一はどうしたんですの」

 堅いこと言うなよ。

「お菓子持ってない?」

「間食はしない主義です」

「ダイエット中だもんね」

「うるっさいわねあんた。喧嘩売ってんの!?」

 どん、と蹴り上げられる。びっくりだ。

「きみちゃん、しー! 静かに静かに!」

「……まったく……」

 いや今回は蹴られたの私だからね。被害者こっちだからね。言うと怒るから黙るけど。

 直後。

 ぐぅ。

「……きみちゃん」

「なんでもありません。聞き間違いです」

「無理なダイエットは体に良くないよ」

「……あなたには乙女心ってものがありませんの?」

「そんなものより食い気だよ」

 言い切ってやったぜ。

 ぐぅ。ぐぅ。

 同時に鳴る。

「んふふ」

「何笑ってるんですか」

「いや、まさか腹の音で合唱できるとは思ってなくて」

「やっぱりあなたと同室になったのが運の尽きみたいですね」

「知っているかいきみちゃん」

「無視していいですか」

「キッチンには冷蔵庫があるのです」

「……言いたいことはわかりました」

 のそりと起き上がる。

「共犯者だね、きみちゃん」

 ごそごそと音がする。

「うるさいわね。誰にも言うんじゃないわよ?」

 んふふ、と笑いが漏れてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る