持久戦

 その日の夜、俺は考えていた。越後での戦いは地の利や人の利があったし、先日の秀吉との戦いでは背後をとることで事前に有利な状況を作った。今回は数でこそ優っているものの、味方の連携は悪く地の利も相手にある。

 このまま数を頼みに攻め続けるか。それとも軍勢を分けて一部を毛利の領国に攻め入らせるか。もしくは持久戦に移って佐々成政四国路の軍勢の勝利を待つか。


 結論が出なかった俺は従軍していた忍びを呼んだ。

「高松城に入って戻ってくることは出来るか」

「はい、おそらく」

「では城の兵糧がどのくらい持つか、そして羽柴秀長の戦意を探ってきて欲しい」

「かしこまりました」

 そう言って忍びは姿を消した。


 翌朝、忍びは毛利軍の包囲を突破して俺の元に戻ってきた。

「よく戻ってきた」

「申し上げます、高松城内の兵糧はあと一か月程度ですが、羽柴秀長を始め羽柴軍は抗戦の意志が固いようです。ただ昨日の敗戦で城兵の士気は下がっているように思われます」

「あと一か月か」


 敗走して領地に戻ってきたところからかき集めたにしては頑張ったと言うべきだろうか。しかしあと一か月で目の前の毛利軍を破ることが出来るかと言われると難しいところがある。とはいえ、秀長の意志が固いというのは朗報であった。


 また、四国戦線からも佐々成政らが讃岐・阿波に上陸したことと長宗我部元親との戦いで毛利方の吉川元長が負傷したという報が入った。四国は毛利方の支配が浅いため、この勢いなら四国の方が優勢かもしれない。




 この日の軍議は昨日の敗戦を引きずっており、どことなく重苦しい雰囲気であった。敵方に地の利があるとはいえ、半分以下の兵力の毛利軍にいいようにあしらわれたという事実が空気を重くしていた。

「昨日の敗戦を踏まえて今後の方針を決めようと思う。あくまで毛利軍を力攻めし続けるか、軍勢を分けて毛利の領国に分け入るか、それとも持久戦に切り替えるか。意見のある者はいるか」

 初めに柴田勝敏が口を開く。

「膠着状態というのであれば、わしが一万の兵を率いて周防・長門に攻め入って毛利の本拠を襲ってくれる」

 勇ましく発言したのは佐久間盛政であった。


「いや、我らは足並みも揃っておらず、さらに軍勢を分ければ各個撃破される恐れもある。昨日の戦いでさえ足並みはそろわなかったではないか」

 そう言ったのは滝川一益だった。軍勢を分けて敵地に突っ込ませるのは小牧長久手の戦いで秀吉が失敗したように、数で勝っていても思わぬ敗北を喫する可能性がある。

「では一体どうしろと言うのか」

「このまま毛利軍を攻め続けるべきだろう。数に差がある以上このまま力攻めを続けるべきだろう。連日攻め続ければ毛利軍の士気も低下するはずだ」


 一益の言葉にも一理あるが、実際にそれで自軍の兵を犠牲にするのは俺たち全員である。とはいえ、一益もここで手柄を立てなければ領地を大幅に削られる以上、消極策を主張しづらいというのはあるのだろう。


「お二方とも待って欲しい」

 二人とも引き下がる様子がなかったので俺が手を挙げる。

「昨夜城内を探らせたところ兵糧はまだ一か月ほど持つとのこと。また、羽柴秀長殿も抗戦の意志は固く、城は湿地に位置しているためしばらくは落城することはない。そして四国では長宗我部勢の奮戦で吉川元長が負傷したと聞く。ここは周辺に陣城を築いて様子を見るべきではないか」


「なるほど、それはそうだ」

 一益は俺の言葉を聞いてすぐに引き下がった。盛政も不満そうな顔をしたものの、軍議の雰囲気が持久戦に流れたのを見てやむなく口をつぐむ。

「では我らは持久戦に移行する。それぞれ長期戦に備えるように」

 勝敏が軍議をまとめ、解散した。


 今回矢面に立たされているのが羽柴や宇喜多ということもあって、織田家の将は盛政のような例外を除いて士気が低かったし、俺もそれは同じだった。

 その後織田軍は着々と陣城を築き始めた。はからずも秀吉による高松城攻めと攻守を逆転して攻防が行われる形となった。毛利軍は陣城を築く織田軍を山の上からじっと見降ろすばかりで討って出る様子はなかった。


 その後数日間、両軍に大きな動きはなく日数が経過した。毛利方は播磨や摂津に間者を派遣して親毛利方の国衆に反乱を起こすよう扇動したが、毛利方が動かないこともあって新たに応じる者は少なかった。


 お互いがそれぞれの陣地を固めて睨み合ったまま六月に入った。城内の羽柴軍や宇喜多軍からは何度か救援を求める使者が抜け出してきたが、毛利軍の包囲は厚く手を出せなかった。


 そんな中、雑兵に紛れて一人の青年が城を抜けてきた。毛利方も城内への侵入は警戒しても城からの脱走は士気を下げるためにある程度許容している様子があった。

 彼は羽柴秀次を名乗り、もし城中の羽柴秀長に万一のことがあれば、彼に羽柴の家督を継がせて欲しいという秀長の書状が添えられていた。秀長の書状を見た勝敏は命ある限り戦い続けるという秀長の心意気打たれたが、かといって毛利の包囲を突破する手段もない。勝敏は総攻撃を命じようとしたが、家臣たちに諫められて結局何も起こらなかった。

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