高松城

 宇喜多家の所領安堵確約問題は味方に不和をもたらしたが、その分西播磨に安定をもたらした。この地に今なお多大な影響力を持つ宇喜多家が地元国衆の根回しに乗り出したことで、反乱は徐々に収束に向かった。勝敏の判断は方法に問題があっただけで、結果としては間違っていなかったと言える。


 東播磨の鎮撫については元勝家家臣であった徳山則秀と、今は彼の配下に組み込まれていた池田恒興が任された。恒興は秀吉に従って中国遠征に同行していたこともあり、この連合軍の中では比較的地理に精通している。彼らは播磨の反乱を鎮圧しつつ遠征軍の糧道を守ることとなった。


 こうしてとりあえず後方の安定を確保した毛利征伐軍は五月下旬、ようやく進軍を再開し宇喜多秀家らの軍勢を糾合して備中に入った。

 高松城に入っていたのは羽柴秀長がかき集めた軍勢五千、宇喜多家から遣わされた援軍二千の合わせて七千である。それを包囲する毛利軍は四国に大軍を向けていることもあり、三万ほどの兵力しかなかった。また、高松城周辺は湿地帯であることも手伝って毛利軍は攻めあぐねていた。

 秀吉が城を囲んだ時は城のすぐそばを流れる足守川から水を引いて水攻めにしていたが、毛利家は征伐軍を迎え撃つための準備に追われてそこまでするほどの余裕はなかった。


 しかし高松城周辺は山に囲まれたすり鉢の底のような位置にあり、近づくには南方か西方を通るしかなく、周辺の山の上には毛利軍が何重もの柵や土塁を構えて立てこもっており、城に近づこうものなら山を下って襲う構えを見せていた。

 加えて毛利軍は高松城周辺に天神山城や岩崎山城といった付城を築いて水も漏らさぬ包囲体勢を敷いていた。


 おそらく毛利軍としてはこの地で高松城を包囲しながら征伐軍を引き留めている間に四国を制圧し、四国から畿内に上陸するという作戦なのだろう。


 五月二十日、海沿いを通って城周辺に辿り着いた連合軍は周辺の山に築かれた柵や土塁、そして陣城を見て途方に暮れた。織田家の内紛処理を巡って揉めているうちに毛利家は重囲を築いていたのであるが、逆にこの状況になっても籠城を続けている秀長もさすがである。例え毛利に降伏して一時の安寧を得てもいつかは織田家に敗れるという確信があるのだろう。


 一通り周辺の状況を見た勝敏は諸将を集めて軍議を開いたが、征伐軍は播磨に残した軍勢と加わった宇喜多軍を差し引きしてもまだ七万の兵力があるということで軍議はとりあえず総攻撃に決まった。

 俺としても総攻撃が成功するかは分からなかったが、敵の倍以上の兵で救援に訪れて一度も攻撃を行わなければ城内の士気が下がり、内通者なども出るかもしれない。


 こうして翌二十一日の総攻撃が決定された。城の東方にある三光山や大平山に攻めかかるのが柴田勝敏と勝家旧臣の本隊と佐久間盛政、城の南西にある仕手倉山を攻めるのが俺と前田利家、そして城の南方の平地から高松城への突入を目指すのが滝川一益と宇喜多秀家の軍勢、さらに迂回して城の西方から突入を目指すのが酒井忠次の部隊と決まった。

 この陣決めでもなるべく仲の悪い者同士を組ませる訳にもいかずひと悶着があり、俺が間に入って調整してこのような編成となったがその経緯は割愛する。

 ちなみに城の北側は山深く、山城なども乱立しているため放置された。


「突撃!」

 翌日の早朝から七万の大軍は四方から一斉に攻撃した。

 しかし山頂に布陣する毛利軍も十分な準備期間があり、さらに総大将毛利輝元が直々に出陣していることもあって士気は高かった。柵と土塁に身を潜めて山を駆け上る軍勢に容赦なく矢弾を浴びせかける。それでも数の力を生かした征伐軍はごり押しでいくつかの柵を突破するが、毛利軍は奥の柵に退いて再び矢弾を浴びせてくる。さらに山の奥深くに分け入った征伐軍に対して間道から十人程の兵士を送り込んでの小刻みな奇襲を行った。


 俺も最初はまともに攻撃を行っていたものの、周到に固められた毛利軍の防御を打ち破れる気がせず、早々に力攻めをやめて陣城の構築に切り替えた。隣の前田軍は律儀に総攻撃を続けていたものの、第二の防衛線を破ったところで力尽き、山頂からの逆襲に遭って退却した。柴田本隊も似たような戦況だったため、結局突破した防衛線はほぼ奪還された。


 一方、城の南方から攻め込んだ滝川・宇喜多軍は両脇の山から降り注ぐ矢弾をかいくぐり、天神山城に攻め寄せたが、周囲の山を攻めていた味方が敗走すると毛利軍に包囲される形となり、敗走した。


 一番悲惨だったのは酒井隊で、他の軍勢が攻撃を断念したあたりで城の西方に姿を現し、毛利軍に包囲されかかり這う這うの体で退却した。打ちひしがれる征伐軍を前に毛利軍はこれみよがしに勝利の凱歌を上げた。


 毛利方の地の利、征伐軍の連携不足が敗北に繋がった形となり、俺は今後の方針を考え直す必要に迫られた。

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