毛利征伐軍 Ⅱ

 会合前日、俺は柴田勝敏の元を訪れた。勝敏にとって今回の戦いは初陣であるが、いきなり十一万の大軍を率いることになったせいか、すでに緊張している様子であった。勝家には経験豊富な家臣たちもいるが、勝家もせいぜい三~四万の軍勢までしか経験はなかった。


「新発田殿。わしはうまくやれるだろうか」

 俺が訪問するなり勝敏は不安そうな表情になる。

「勝敏様は今回の軍勢が大軍であることに不安があるのですか?」

「しかもわしにとってこれは初陣。うまくやれるか不安だ」


「確かにそれはその通りです。しかし逆にお考えください、十一万の軍勢がいれば毛利軍は多く見積もっても半分以下。まず負けることはございません。多くの戦国武将は数百や一千ほどの軍勢で命と隣合わせの初陣を送っております。大軍の采配は難しいですが、勝利が確約されている分簡単と言えるでしょう」


 もちろんだからといって慢心されても困るのであるが、勝敏はどちらかというと不安で緊張しているように見えた。慢心する者は何も言わなくとも勝手に慢心するが、こういう性格の者は何も言わなくとも不安にさいなまれるものである。


「なるほど。だが味方の軍勢はついこの間まで敵対していた者も多いと聞く」

「はい。ですが勝敏様には関わりないことです。それに、ここで勝敏様が堂々と采配を振るえば皆の者も安心してついてくるでしょう」

「そういうものか」

「はい、このたびの戦い、内紛さえ起らなければ勝つことは出来ます」

「分かった、ならば明日は堂々としていよう」


 そして翌日五月二日、二条城広間に毛利征伐軍に選ばれた諸将が集まった。

 勝敏と毛受勝照ら柴田家臣団。

 佐々成政・佐久間盛政・前田利家ら北陸勢。

 丹羽長重・細川忠興・滝川一益ら敵対した者。

 そして酒井忠次、筒井定次らである。


「このたびは毛利の謀叛を討伐するために集まっていただきかたじけない。これだけの軍勢があれば無事毛利を討ち果たせるものと信じている」

 壇上に上がった勝敏が述べる。昨日の助言のおかげか、外から見たところ初陣の割には堂々としているように見える。

「それでは早速このたびの作戦であるが……」

「お待ちください、その前に戦後の我らの所領であるが、安堵していただけると確約していただきたい」


 いきなり声を上げたのは細川忠興であった。年若い勝敏相手だから押せば所領安堵を確約出来ると思ったのか、元々そういう性格なのか。

「それについては戦後改めて決めると伝えたはずだ」

 勝敏も毅然と言い返す。

「だが、我らにも家臣がいる。領地がどうなるかは分からないが命を賭けよ、と伝えることは出来ぬ」

「確かに細川殿のおっしゃることにも一理ある。わしも播磨・但馬・淡路衆に何と伝えればいいのか」

 同じ立場にいる一益も同調する。勝敏も一益にはすぐに言い返すことが出来ず、一瞬言いよどむ。


「しかしこのような状況になったのは各々方の判断によるもの。領地の先行きが不透明なのも、その状況で毛利征伐軍に参加したのも己の責任ではないか?」

 そう言ったのは少し意外なことに前田利家であった。今回滝川方に味方して佐久間盛政と敵対したのを負い目に思っているのか、それとも旧主勝家の遺児が大将だから力になりたいと思っているのだろうか。

 利家の言葉はある意味で正論であり、さすがの一益も一瞬沈黙する。


 ちなみにその利家の隣では盛政が何か言おうとしており、佐々成政に止められている。「許してやる機会が与えられたのに、それでも不満があるなら帰れ」とでも言おうとしたのかもしれない。盛政からすれば彼らは敵対した者たちであり、その気持ちは分からなくもない。


「細川殿、滝川殿。ご心配はもっともであるが今回の戦いは毛利という相手があってのこと。勝敗は時の運という言葉もある通り、どれだけの軍勢が集まろうとも戦の趨勢は分からぬということはご存知のはず」

 そう言ってなだめたのは毛受勝照であった。遠回しに「勝った時のことを考えるのはとらぬ狸の皮算用だ」と言っているのだが、それもその通りである。そもそも毛利が最後の一兵まで戦うとは思えない以上、降伏する形になるのだろうが、その際に毛利の所領がどのくらい残るかによっても領地配分は変わってくるだろう。


 ちなみに俺は今回色々指揮をとったものの、織田家臣からみれば外様に過ぎない存在であるため会議中は基本的に沈黙に徹することにしている。少なくとも表向きは、勝敏や勝照が指揮を執る方が諸将も納得しやすいだろう。


「そこまでおっしゃるのであれば」

 旗色が悪くなった忠興は不承不承といった感じで引き下がる。それを見て柴田家臣の者たちは安堵していたが、盛政は露骨に不快感を見せている。この辺りの火種が表面化しなければ良いのだが。

 ちなみに徳川の援軍である酒井忠次は口を挟む気はなさそうに沈黙しており、筒井定次は少しでも心象を良くするためか、いちいち頷きながら会議の趨勢を見守っている。


「では作戦なのだが、基本的には中国路と四国路から同時に攻め込むことにしたい。四国路については滝川殿の淡路水軍に加えて細川殿、丹羽殿、そして紀伊・和泉・河内衆、そして佐々殿の合計四万を向けようと思う。大将は佐々殿に任せる」

 今回敵対した滝川・細川・丹羽の軍勢と中国筋の羽柴・宇喜多家の軍勢は万一ということもあるので合流しないような配置になっている。そして四国路の大将も佐々成政であれば安心して任せることが出来るだろう。

 この采配に対して異論は出なかった。

「残りの軍勢はわしが率いて宇喜多、羽柴家を合流して毛利本隊を叩く」

 こうして多少の不安要素を含みながらも毛利征伐軍は出発したのであった。

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