関ヶ原前哨戦 Ⅰ
徳川・織田信雄軍
「伊勢峯城・亀山城陥落しました!」
少し遡って二月のこと。使者がもたらした報告に織田信雄は喜びを露わにした。
「秀吉の猛攻に耐え抜いた二城を早くも落とすとは!」
「耐え抜いたのは滝川殿のお力あってこそ。さすがの滝川殿もここから伊勢の戦況までは左右出来ぬだろう」
そう言って家康は向かいの陣を指さす。
およそ三万五千の大軍となった連合軍は大垣城に入りきらなかったため、西方にある関ヶ原付近の南宮山と桃配山に布陣していた。近江から中山道を抜けて美濃に入るには桃配山や南宮山の麓の隘路を通らなければならない。そのため、山上に布陣すれば街道を通る軍勢を襲うことが出来る。
そのため滝川軍も通過を強行することは出来ず、かといって山頂に布陣する連合軍に決戦を挑むことも出来ず、向かい側にある笹尾山に滝川軍が、松尾山に羽柴軍が布陣して睨み合う形となった。今頃は滝川軍にも同様の知らせが届いているだろうが、動く気配はない。
「しかしもし滝川軍が伊勢に向かえばどうする? 松尾山に攻め上がるのは容易ではないが」
信雄が懸念を表明すると、家康が答える。
「そうなれば我らも軍勢を派遣して信孝様の背後を突くだけです」
現在東美濃でも信孝と反森軍が森長可と対峙しており、膠着状態に陥っている。滝川軍が戦場を離れればこちらも兵力を割いて信孝の背後を襲うことが出来る。
史実の関ヶ原合戦では徳川軍が決戦を誘うために山を下りたため野戦となったが、両軍が山頂に布陣している現状ではお互い動くに動けないという状況であった。
そして両軍が動けないまま三月に入った。真田昌幸の信濃侵攻を聞いた家康は一瞬冷やりとしたが、すぐに新発田軍が対処したと聞いて安堵する。
「真田の旧領を渡したのは正解だったな」
その間もお互いの外交戦は続いており、若狭では細川忠興・丹羽長重軍が佐々成政と睨み合い、柴田勝敏や柴田旧臣団、そして未だ立場を鮮明にしない筒井定次にも熾烈な勧誘合戦がかけられているが、お互いの勧誘が相殺し合う形となり、大きな動きはなかった。
とはいえ伊勢の酒井忠次隊は一益のかつての居城である長島城を包囲しており、時間が経てば城が落ちて忠次が合流する以上依然として徳川方が有利であった。
そして三月五日、新発田軍が真田に抑えを残して西上の準備をしているという報が入った。北陸道では前田利家と佐久間盛政が睨み合って膠着状態となっているが、新発田軍一万以上が南下すれば、戦況は変わる。
「これはもう勝利も同然ではないか!」
知らせを聞いた信雄は有頂天になった。一方の家康も喜んだものの、考える。普通ここまで大きな影響力を持てば警戒されてもおかしくない新発田家だが、まるでそれを先読みするかのように徳川家に養子を求めるなど下手に出るような外交に出ている。少しだけ天下を取らされているかのような不気味さを感じている家康だったが、すぐに気を引き締める。
今はそれよりも敵軍のことを考えるべきだ。新発田軍が動いた以上相手方も退却か決戦か、どちらかの動きを見せるだろう。
退却されれば勝利を収めることは出来るが、毛利の支援を受けて中国地方で抗戦されると面倒なことになる。この戦いで明確な勝利を挙げなければ中立の柴田家臣団がどこまで信雄と家康を支持するかは未知数だった。
とはいえ周囲は山間の地形で追撃をするのは難しく、かといって近江に入ってしまえば中立を表明している柴田勝敏の領地で決戦することになってしまう。
「敵軍に出す物見を増やせ」
決戦で負けるつもりはなかった家康は早くも敵軍の退却を警戒していた。
三月十日、ついに敵軍が動いた。一益と秀吉、そして宇喜多秀家の部隊は相次いで山を下り、信雄家康連合軍を目指して周辺の山に囲まれた関ヶ原に進み出る。
「決戦を挑むとは。何か勝算があるのか?」
家康は首をかしげる。決戦と言えば聞こえはいいが、桃配山に閉じこもる徳川軍はすでに柵や土塁で簡単な陣城を構築しており、麓から滝川・羽柴軍が攻め上る形となる。兵力がほぼ同数の現状で勝機があるとは思えなかった。
家康が迎撃準備のために信雄の陣を離れたときだった。傍らにすっと影のように服部半蔵が現れる。
「何だ」
「申し訳ございません、時間がなくて確証は掴めなかったのですが、織田信雄様の家老、津川義冬・岡田重孝・浅井長時の三人が敵軍に内通しているとの情報が入りました。こちらが羽柴軍から三人に宛てられた書状です」
そう言って半蔵が差し出した書状を見て家康の表情は険しくなる。
確かに三家老が内通していれば由々しき事態dが、秀吉からの誘いの書状だけでは裏切りの証拠としては不十分である。戦況から考えても有利な状況である三人が秀吉に裏切る理由はないようにも思える。
しかし逆に言えば三人の寝返りという勝算があるから秀吉が兵を動かしたとも言える。時間さえあれば真偽ははっきりするのだろうが、と家康は悔しがるがそれも考えての秀吉の動きだろう。
家康は少し悩んだ末に自陣に帰ろうとしていた足を止めると、書状を持って信雄の陣へと踵を返す。
「決戦時に万が一にでも三人が寝返れば負けるかもしれぬ。最悪冤罪だったとしても勝利さえすれば徳川家には害は全くない。むしろ信雄様の力が弱まるのは好都合ですらある」
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