出陣
三月一日 新発田城
「そうか、真田が動いたか」
春日信達からの報告を聞いた俺は悔しくなる。本気で真田の反乱を鎮圧するのであれば今越後にいる一万の軍勢を全て信濃に向けることも必要だろう。
真田を倒した後に上方に向かっても家康が持久戦をしていれば間に合う可能性はあるが、一益とて俺を信濃にくぎ付けにしていれば更なる手を打つかもしれない。やはり一益の使者には味方につくようなフリをしておくべきだったか、と俺は後悔する。
俺以外に軍勢を率いて真田に勝てそうな将がいれば……と考えるが、千坂景親や竹俣慶綱は名将ではあるが、数千の軍勢を率いる器ではない。
地図を眺めていた俺はふと本庄繁長のことを思い出す。出羽では最上義光が勢力を伸ばしており油断はならないが、大宝寺義勝も今年で十四歳。そろそろ繁長の庇護を離れても良いころかもしれない。
そう考えた俺は繁長に書状を書いた。真田昌幸の乱に対処を任せられるのは自分か色部長実と繁長しかいないが、長実はいざというとき蘆名家の援軍に兵を出してもらう必要があり動けない。繁長には春日信達と共同して真田に当たって欲しい、もし真田を討ち果たせば家康も真田嫌いである以上家康の心証も良くなるだろう、また兵糧についても一部はこちらから負担すると書いた。
繁長もそろそろ中央との繋がりが欲しかったのか、すぐに快諾の返事がきた。その後繁長は三千の兵を率いて信濃へ出陣している。本庄領から信濃は遠いが、謙信が関東や川中島に越後中の兵を動員した過去もあって繁長は特にそれを苦にしていないようだった。それを聞いた俺は一安心する。
繁長であれば真田に引けをとることはないだろう。信達や村上国清には今後の処置はここからの真田戦の手柄で決めるため、繁長と協力して事に当たるよう書いて送った。
三月五日、俺は家臣団を率いて新発田城を出陣した。長岡の本庄秀綱や、曽根昌世、千坂景親、竹俣慶綱、斎藤景信、山本寺勝長ら越後衆と合流し、最後に越中にて弟の盛喜と合流し、総兵力は一万二千に膨れ上がった。
久しぶりに出会った盛喜は城代という立場を与えられたからか、以前よりも逞しくなって見えた。立場が人を作るとも言うが、今回は抜擢がいい方向に向いたらしく俺はほっとする。
「越中でもうまくやっているか」
「はい、一度全てを失った身と思い一から奮闘しております。おかげで椎名氏ら現地の者もどうにか従ってくれております」
盛喜は満足そうに答えた。大きな問題がないという報告は受けていたが、直接会って元気そうな顔を見るとほっとする。魚津城や松倉城も見たが大きな問題はなさそうだった。
「そうか。ならば今後はもっと重要な地位を与えることもあるかもしれぬ。心しておくように」
「さらに重要な地位ですが……かしこまりました」
盛喜はいまいちぴんときていないようだったが頷く。俺としても事態が思ったように進むのか見通せないところがあったのでそれ以上は言わなかった。
「今後の戦いは我が家だけでなく天下の帰趨を決める重要な戦いとなる。心しておくように」
越中にて盛喜と合流した俺は佐久間盛政の領地に入った。
今回の戦いにおいて柴田家関係者たちの動きは微妙だった。毛受勝照ら勝家直臣団は畿内の領地にて滝川軍の通過を許したものの中立を保っており、柴田勝敏も近江にて中立を宣言していた。
佐々成政も当初は中立を目指して丹羽長重や細川忠興にも参戦しないよう要請に回っていたが、一益方に回った忠興は丹後から若狭に出兵。圧力に屈した長重が滝川方についた。そのため二人の参戦を阻止するために消極的な徳川方に回りつつあった。
一方能登・加賀では逆の構図となった。秀吉への遺恨から徳川方に参戦しようとした佐久間盛政に対し前田利家は中立に留まるよう説得。もし領地を空けて中央に向かうようであれば出兵もいとわない構えを見せていた。
三月八日、俺は盛政の居城である金沢城に入った。
「まさか新発田殿も上方に兵を出されるつもりであったとは。わしにはこのたびのことは秀吉が再び織田家を手中に入れようと裏で糸を引いているようにしか思えぬ!」
そう言って盛政は出会うなり愚痴をこぼした。どの程度の情報の裏付けがあるのか定かではないが、盛政の言っていることは当たっている。秀吉は当面は一益を表に立ててどこかで権力を奪い取ろうとしているとしか思えない。
「確かにそれはそうだろう。やはり前田殿は参戦を許さないのか」
「そうだ。彼は昔から秀吉に甘い」
盛政は唇を噛むが、秀吉も家康も一益も大して変わらないだろう。
「確かにこのたびの戦いでは滝川殿も羽柴殿も徳川殿も皆野心があるように思える。しかし滝川殿が強引に柴田領を越えて美濃に入ったのはやはり許せない。だから徳川殿に味方しようと思う」
家康に味方するのは以前から決めていたが、盛政にはあえてそれが理由だと説明した。それを聞いた盛政はしきりに頷く。
「確かにそうだ。まず我らの合議にかけて、我らから信雄様に兵を退くよう要請し、それでも解決しなければ兵を出すべきではないか」
盛政は憤然として言う。確かに雪で盛政らが領地に帰っている間に一益が勝手に事を進めたような印象はある。盛政にとってはおもしろくないだろう。
「とはいえ、わしが領地を空ける訳にはいかぬ。我が弟、安政に三千の兵を預けるので共に秀吉の野望を挫いて欲しい」
「分かった」
こうして俺は佐久間軍も加えて近江から美濃へ向かうことにしたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。