第二次上田合戦

 本多正信の帰国後、俺は領内に出陣準備の触を出した。思えば、一万以上の大兵力を集めて出陣するのは初めてとなるのかもしれない。ただ、出陣時期は三月の初めになりそうなので準備の時間は一か月以上ある。その間に俺は佐久間盛政・前田利家らに使者や忍びを送り、引き続き上方の情勢も探らせていた。


 二月初旬、滝川一益は羽柴秀吉らの軍勢を率いて兵を挙げた。内訳は一益が率いる播磨・但馬の兵一万二千、秀吉の兵力一万五千、また十六歳になる宇喜多秀家が五千、さらに毛利家から小早川隆景が五千の兵を率いて従軍した。


 それを知った家康はいち早く一益の出兵を不当であると断言し、「滝川一益の横暴を止めるため」と称して三万五千の軍勢を率いて尾張へと向かった。

 家康の言い分によると織田一門である信雄の行動に異を唱えるのであればまず織田家臣である一益が現地で調査した上で詮議すべきで、秀吉や毛利・宇喜多の軍勢を担ぎ出すのはおかしいというものであった。


 畿内を守っていた毛受勝照ら勝家の旧臣は困惑した。一益の言い分も家康の言い分も少しずつ正しく、両軍とも野心のためにきれいごとを並べているように見える。ここで滝川軍を通すのは遺言に叛くような気がするが、かといって通過拒否すれば信雄に与したように見られてしまう。


 しかし二月十五日、勝照らは四万近い軍勢の圧力に負けて滝川軍の通過を認めてしまう。連合軍が摂津に足を踏み入れた瞬間、家康は柴田領に入ったのは織田家への翻意ありとして酒井忠次を先手とする七千の軍勢を伊勢になだれ込ませた。

 北伊勢には信孝の領地や一益の旧領がある。一益が主だった家臣を率いて播磨へ入っていたため、秀吉との戦いで奮戦した伊勢の諸城も次々と落ちていった。


 その一方、家康は主力を率いて大垣城へ入って信雄と合流し、西から攻めてくる滝川軍に備えた。一益らもその数日後に近江を越えて関ヶ原周辺に布陣した。これが二月十九日のことである。

 このとき信孝は東美濃衆からの救援要請に応じて森長可討伐に向かっており、とても信雄の背後を突くどころではなかった。


 主力軍の動きに応じて他の大名も動いていた。細川忠興は当初一益に味方して参戦しようとしていたが、佐々成政と家康の使者が丹羽長重の元に出入りしていると聞いて思いとどまった。逆に忠興は三千の兵を率いて若狭に侵入し、長重に同調するか否かを迫るという行為に出た。


 その一方で柴田勝敏と勝家旧臣、そして筒井定次は静観していた。


 そんな中、一番過激な動きを見せたのは毛利輝元である。対立が決定的になると見るや否や、吉川元長(元春の嫡子。元春の病により跡を継いでいた)に一万の兵力を与えると、不穏な動きありとして土佐の長宗我部元親を攻撃した。

 家康の使者が土佐に出入りしていたのは事実だが、元親は遠く離れた家康に協力する意志はなかった。しかし毛利の出兵に腹を立てた元親は、七千の兵を率いて毛利軍を迎え撃った。元親にしても毛利軍の介入で秀吉に敗れたことを恨んでおり、ここで毛利を倒してその勢いで四国再統一の夢をかなえようとしていた。


二月二十六日 海津城

 そんな中、新発田家に一番関係があったのが信濃情勢である。春日信達は村上国清ら信濃衆を集めて従軍しようとしていたが、軍勢を整えているところへ血相を変えた使者が飛び込んでくる。


「申し上げます! 真田の残党が蜂起して真田城・砥石城を占領しさらに上田城を包囲しております!」

「何だと!?」


 信達の表情が変わる。真田領を占領した直後は警戒を強めていたが、目立った動きがなかったためこのところは警戒を緩めていた。が、冷静に考えると真田昌幸はこの期を待っていたのかもしれない。信濃衆が出陣した後の留守を狙わなかったことを考えると、一益とも繋がっているのだろう。


 一益の調略とはいえ、領内で乱を起こされて城を占領されたというのは北信濃を任せられる形となっていた信達の失態にもなる。織田家で天下分け目の戦いが行われようとしている局面であることを考えると信達にとっては身の毛もよだつ思いだった。


「おのれ真田め……。とりあえず殿にこのことは急報せよ! そしてここに集まった軍勢でそのまま真田を攻める!」


 北信濃衆の兵力は三千ほど。数としては心もとないが、一地方を任された身として一戦もせずに援軍を要請することなど出来なかった。


 翌日、信濃衆の軍勢は上田城周辺に辿り着いた。上田城を囲む真田軍の兵力は一千ほど。気づかれぬことを優先したためか、兵力は少ないようだった。


「上田城が落とされぬうちに真田勢を追い散らせ!」


 先鋒を務める国清が絶叫する。信達同様彼も真田の反乱を許した責任を感じていた。村上軍が攻めかかると真田勢は潮が引くように逃げていく。


「ふん、やはり小勢だったか。とりあえず上田城に入城せよ」


 村上軍は深追いせずに上田城を目指す。

 が、そこへ城内からは容赦なく銃弾が飛んでくる。


「待て! 味方だ! 助けに来た!」


 村上軍の兵士たちは絶叫するが、城兵は聞く耳を持たない。それを見て国清の表情が変わる。


「もしや上田城もすでに落ちていたのか……退け! ここはいったん退くのだ!」


 が、国清が叫んだときはすでに手遅れだった。

 うおおおお! という喚声とともに退いたはずの真田勢が襲い掛かる。さらに砥石城や真田城に潜んでいた真田勢も姿を現して襲い掛かってくる。慌てて退却しようとする村上勢にさらに上田城から現れた真田勢も襲い掛かる。


 こうして初戦は完全に真田勢の反撃に出鼻をくじかれた信達は改めて真田勢の兵力を探らせてみると、その数は二千ほどになっている。


「さすがに我らだけで攻略するのは不可能か……」


 信達は仕方なく越後からの指示を待つことにした。


 ちなみにこのとき北条家は佐竹方の皆川広照に調略をかけており、その目は下野に向いていたため、真田家は信濃に目を向けることが出来た。北条家にとって真田・長尾両家が頑強に抵抗する上野よりも佐竹方の中小国衆を調略で切り崩していく方が容易に勢力拡大につながると判断したようだった。

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