佐和山会談 Ⅲ

「まず織田家の次期当主であるが、これは清州会議での決定通り三法師様で問題ないと思っている」


 勝家の言葉に秀吉や長秀も頷く。


「また、清州会議では複数人を三法師様の後見人としたため、揉め事の原因となった。そのため、今回はわしが単独で後見人を務める」

「何と。それでは信雄様、信孝様はいかがなさるのか」


 てっきり秀吉は信孝が後見人になると思っていたらしく、少し驚いている。


「お二方には一門衆として信長様時代のように織田家を盛り立てていただく」


 継承権がない訳ではないが、扱いとしては一家臣に近い扱いとなるだろう。もっとも秀吉としても激しく対立した信孝が後見人にならなかったのでそこまで悪いことではなかった。


「では今後は柴田殿が仕切られるということか」

「基本的にはそうなると思っていただきたい」

「分かった。それでは早速今後のことで提案があるのだが、わしに汚名返上の機会として四国攻めを担当させていただけないだろうか」

「何と」


 秀吉の言葉には俺たち四人とも驚いた。

 言うまでもないが、秀吉は領地の大減封を受けたばかりである。新しい領地の割り振りや姫路城からの退去などやることは山積みのはずだ。


「四国攻めは亡き信長様も成し遂げようとしていたこと。ぜひ任せていただきたい」


 そこで俺は秀吉の意図に思い至る。このたびの戦いの戦後処理はこの会議で決めた内容で一段落する。そのため、秀吉が四国攻めに成功すれば、恩賞がもらえることになる。

 そうなれば領地が減らされることが決まっている家臣たちの心をつなぎとめることが出来るかもしれない。また、もし秀吉に方面軍を任せるのであればそこに同行する武将との関係を持つこともできる。


 かといって現時点で秀吉以外に適任がいるとも思えなかった。勝家は三法師の補佐と新しく得た領地の仕置きに山城周辺に残らざるを得ない。

 信孝は敵に回った美濃衆の処置が済むまで他国に攻め入るどころではない。

 また、滝川一益も現在の所領は伊勢の一部しかなく、四国遠征軍を組織する力はない上に、このたび加増を受けるため新領地の仕置を行う必要がある。


 となると残るは織田信雄を大将にして長秀を副将につけるというぐらいだったが、それもまた微妙である。


「勝家様、四国攻めはそこまで急がなくて良いのでは」


 成政が口を開く。勝家が本州を離れられるようになるまで待つというのは一つの選択であった。


「もし四国攻めを行うのであればわしにも任せていただきたい。羽柴殿一人では荷が重い上、わしは元々四国に遠征する予定だった」


 一方の長秀は少し考えて加勢を願い出た。俺も思わず成政と同じように後々で良いのではないかと思ってしまう。

 が、俺がそれを口にしようとしたときだった。


「いや、わしの目が黒いうちに信長様が夢見た天下布武を成し遂げたいのだ」


 勝家がぽつりとつぶやく。そう言われると俺も成政もそれ以上は何も言えなかった。俺としては勝家の寿命がどのくらいなのかが気がかりでならなかったが、こればかりは分からない。


 それに長宗我部を放置したまま時間が経ってしまえば、四国統一を成し遂げてしまうかもしれないという可能性もある。

 また、秀吉の四国攻め中に足場を固めることも出来るので勝家にとって悪いとも言えなかった。


「柴田殿、新体制の補佐として丹羽殿には残ってもらっては」


 俺に言えるのはそのくらいだった。せめてこの機に秀吉と長秀の仲を引き離したい。また、秀吉に四国攻めをあまり楽にさせるつもりもなかった。


「確かに。丹羽殿には是非わしを手伝って欲しい」

「分かった」


 長秀は渋々といった様子ではあるが頷く。案外、勝家としては本心から長秀の手伝いを求めていたのかもしれない。


 こうして、佐和山会談は終了した。これをもってようやく美濃・伊勢でも停戦となった。三法師は勝家が岐阜城から回収するとともに山崎宝寺城へ入っている。秀吉への牽制なども考えると、皮肉にも山崎宝寺城は勝家にとって最良の場所であった。


 その後の柴田家の加増も含めると、新しく決まった領地は以下の通りになる。俺も参戦及び前田利家の説得による功を認められ、加増を受けることになった。


領土減・没収

羽柴秀吉 但馬・播磨・淡路・河内・山城・西丹波を没収

丹羽長秀 東丹波を没収(若狭・近江の一部は安堵)

池田恒興 領土削減、勝家の寄騎に

中川家・高山家 取り潰し

織田勝長 取り潰し


領土増

柴田勝家 山城・摂津・河内・丹波を加増(ただし越前・北近江を佐々成政に)

佐々成政 越中から越前・北近江に移動・加増

佐久間盛政 越中の富山城以西を加増

新発田重家 越中東部を加増

滝川一益 但馬・播磨・淡路を加増

織田信孝 美濃の内、勝長の領地を加増


変更なし

細川忠興 丹後

筒井順慶 大和

織田信雄 尾張

前田利家 能登

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