婚礼
会談が終わると、領地の移動がある者たちは多忙を極めた。秀吉は敗戦の傷を癒す間もなく四国攻めの準備を始めた。
とはいえ軍勢はすでに集まっているので、佐和山城にいた軍勢から丹羽長秀や池田恒興の軍勢を抜いてそのまま四国に向かうようだった。摂津衆の高山右近や中川秀政(清秀嫡子)も秀吉に同行して四国に向かうという。
それに先立って長宗我部家と三好家などに停戦命令が出されている。
伊勢で戦っていた滝川一益は気が付いたら三か国の加増を受けて目を白黒させたが、すぐに主だった家臣を率いて播磨に向かった。敵地だった上に上杉武田北条が割拠していた上野に比べれば、播磨はまだましかもしれない。
柴田勝家は大量の領地を得てしまったため、山城に入るなり政務に忙殺されていた。まずはこの度の国分けと織田家の方針について会議に参加していなかった諸将に伝えなければならず、特に織田信雄からは厳重に抗議があったという。
国替えがなかった前田利家は美濃にて反乱の鎮圧に追われる信孝の援軍に向かった。
そんな中、俺は越中東部をもらう前にまずは勝家の娘との婚姻を行わなければならなかった。しかし勝家当人が京を動けなかったため、仲人に指定された佐々成政とともに越前北ノ庄城に向かった。京周辺のごたごたはまだ続くだろうが、俺も越中の内政を行わなければならないため、一度国に戻ることになった。
勝家がいない中勝家の娘との婚姻を執り行うというのも変な話であったが、越前にいる娘を京まで呼び戻して婚礼し、その後越後まで戻るというのも不都合なためこうなった。
色々あって北ノ庄城に入ったのは五月になってからだった。いつも越前は海路で迂回しているため、陸地を踏むのは初めてである。
城内では勝家の移封に伴って引っ越しを強いられる家臣や一族の者たちがせわしなく準備を整えており、俺は少しだけ申し訳なくなる。
「これはこれは、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
俺と成政を出迎えたのは現在勝家の正室となっていた信長の妹、お市の方であった。おそらく四十ほどの年だが、若いころの美貌には衰えが見えない。
「こちらこそ忙しいところお出迎えいただいて申し訳ない」
「いえ、是非娘をよろしくお頼みします」
一応お市の方は正室となっているため娘と呼んだが、勝家は婚礼を挙げてからほぼ近江にいたため、夫婦の実感はほぼ薄いようであった。義理の母と言えなくはない関係になるが、年齢は三十七の俺とそこまで変わらないのではないか。
「わしが新しく城主となる佐々成政だ。城のことなど色々教えていただけるとありがたい」
「はい」
ちなみに成政が仲人に指定されたのは俺と一番縁が深かったというのもあるが、越前に移封されるためという事情もある。
そこへ現れたのは元服したばかりの少年であった。
「もしやお二方は佐々成政殿と新発田重家殿でございますか」
「そなたは?」
「柴田勝家が養子、勝敏と申します。今後はよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む」
このころ勝家の養子、勝豊は病のため近江長浜で療養している。越前に来る途中に見舞いに寄ったときはかなり良くなかったため、もしかするとこの少年が柴田家の跡取りとなる可能性がある。
「京に行ったらしっかり父の仕事を学ぶと良い」
成政も俺と同じことを考えていたのか、そんな言葉をかける。元服したばかりなので、今後勝家が死ぬ前に様々なことを学んでくれると信じるしかない。
そんな初めて会った者ばかりの城内であったが、その夜俺と越姫の婚礼が執り行われた。越姫は勝家が側室との間にもうけた娘で今年十八歳。年齢差は二倍ほどもあるが、それ以上の娘は全員すでにどこかよそに嫁いでいたため、彼女が最長だった。
越姫は勝家に似ず、色白で華奢な娘で、白無垢に着られているような印象であった。初対面の俺にやや緊張しながら、婚礼の言葉も声をかすれさせながら述べた。とはいえ、勝家がいないことを除けば政略結婚などこのようなものである。むしろ昨日まで敵だった相手に嫁がずに済んだだけまだましとも言える。
式が終わると料理が振る舞われたので、酒を飲み交わしながら俺は姫の話を聞いた。
「勝家殿は普段はどのような方だったのか」
「ほとんどこの城には帰らなかったのですが、たまに帰ったときは私を猫可愛がりしてくださいました。そして欲しい物はないか、何か不自由はないかといつも聞いてくださるのです」
本能寺の変前も主に能登や越中で戦っていたので仕方ないのかもしれない。
「戦場では猛将でも城では親馬鹿だったのだな」
「どうでしょう。ただ、城に戻れぬことが後ろめたかっただけのような気もします」
それを言われると俺も後ろめたい。今回も戻った後しばらくは越中に滞在しなければならない。
「越後はどのようなところだな」
「何といってもまずは雪がたくさん降る」
「まあ、ここよりも多く降るのですか」
越姫は少し驚きを見せた。
「そうだ。それから水田が多いな。越後では俺が作ったうまい米もある」
「それは楽しみでございます」
ちなみに俺たちが他愛のない会話をしている間も成政はすでに勝家の家臣たちに越前国衆のことなどを尋ねていた。婚礼の雰囲気があるのは本当に俺たちの周りの席だけである。
そして夜があまり遅くならないうちに俺たちは下がり、初夜を迎えた。
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