渡海準備

五月一日 新潟

 長岡で青苧の売買などを中心に仕置きを行っていたが、それと同時に俺は新潟に五月中に船舶を使うことと青苧の件を伝えた。そんなことも俺がようやく新潟に戻ってこられたのは五月になってからだった。


 本能寺の変が史実通りに起こるとすればあと一か月。ただし、俺のせいで柴田勝家の上杉征伐が終わってしまっており、それがどのように影響を及ぼすのかは分からない。本能寺の変が起こるには信長が一人で本能寺に宿泊する必要がある。そのため、起こるとしたら史実と同じぐらいの日付だろうと思われた。

 勝家が自由に動ける状態になっている以上明智光秀が事に及ばないという可能性もあるのかもしれないが、それは今のところ分からない。そんな訳でやっておくべきことは五月中に片付けておきたかった。ちなみにその勝家は越中仕置きを終えて越前の領地に向かったとのことなので今のところ安心出来るようだった。


 新潟に戻った俺は休む間もなく主だった商人たちを集めた。ちょうど船が新潟港に戻っていたこともあって、酒井権兵衛ら主だった商人たちはすぐに集まった。

 新潟城の広間に数十人の商人が集まっているのを見ると懐かしい気持ちになる。商業がある程度軌道に乗ってからはわざわざ全員集めるようなこともしていなかった。


「最近の商売はどうだ」

「はい、直近まで織田軍三万が越中や越後で戦いを繰り広げていたため、兵糧の輸出で大分儲けておりました。言い方はあれですが、織田軍は金払いも良く、取引相手としてはかなり素晴らしかったです。そのため、ちょうど今後は少し落ち着くと思われます」

 権兵衛が代表して答えるが特に異存がある者はいなさそうだった。


「なるほど。それなら少しの間、船を貸してもらいたい。ただ、軍勢を載せるので結構大量に必要になるだろう。もちろん相応の金は出す」

 あらかじめ伝えている話ではあったが、多少場がざわざわする。

「佐渡に渡られると聞きましたが、佐渡には何があるのですか?」

「恐らくだが金山がある」

「何と」

 この話は初めてだったので商人たちはざわつく。


「とはいえ、採掘して精錬などを行い、金が目の前に出現するのはかなり先になると思うが」

 そもそも採掘や精錬にはそれなりの施設が必要となる。人手や資金など必要なものを順次手配出来ればいいのだが、おそらく俺は越後や信濃情勢の対応に追われていて忙しい。

「そういう話でしたらどうぞお使いくださいませ」

 金が掘られれば当然好景気になる。また、金堀などの人が島に集まれば彼ら相手の商売も捗るだろう。織田軍景気が終わってどうしようかと思っていた彼らにとって朗報であった。


「また、もし職にあぶれている者がいれば佐渡に連れていくので集めておいてくれ」

「残念ながらこの地にはあまりいないかと思います」

 それはそれでいいことではある。それに最初から大人数を連れていっても鉱脈の発見に時間がかかれば無駄になるので今の段階で無理に集める必要はないだろう。


「また、今後しばらくすれば長岡からこの地に青苧を売りに来ることになる。そちらも合わせて売ってもらいたい」

「おお、それはありがたい。案外上方などに売れるかもしれませぬ」

 商人たちから歓迎の声が上がる。その後いくつか細かい情報交換をした後、せっかくなので質疑を行うことになった。


「今後この辺りはどうなるのですか? 戦はなくなるのでしょうか?」

 一人が手を挙げて質問した。

 それが商人たちの一番の疑問だった。彼らの中には刀や槍、弓矢を取り扱う者もいる。また、兵糧の需要も戦争の有無によって大きく変わるだろう。

 ただ、それについては俺にも確約出来るものではなかった。


「おそらくではあるが、本当に平和が訪れるのはもう少し先だろう。奥州ではまだ戦いが続くだろうし、越後や信濃も織田家の支配次第ではまだ一波乱あるだろう」

 上杉家ではこれまで景勝がいたから何とかまとまっていたところがあったため、死後主だった武将たちは所領を減らされて追い払われ、上田長尾家は再び解体に遭っている。信長が倒れればもちろん波乱はあるだろうが、仮にそうでなかったとしてもいい旗印が見つかれば反乱が起こるかもしれない。

 また、奥州の武将たちも織田家に恭しく使者を送りながらもどこまで本気で従うつもりがあるのかは不明だった。間に上杉家や俺がいるからと高をくくっているところがあるのではないかと思っている。


「とはいえ、全体的には戦は減っていくということでしょうか」

「おそらくな」

 その後いくつかの質問があったが、全体として集まりは問題なく終わった。


 商人たちへの説明が終わると、新発田領内に滞在させていた田辺新兵衛を呼び寄せる。また、俺は渡海に当たって率いていた三千の兵力から精鋭一千のみを選抜して解散させた。あまり数多くても船に乗り切らないためだ。


 さらに佐渡の本間氏に降伏勧告の使者を送る。

 このころ、佐渡は本間泰高ら河原田本間家と羽茂本間家の高貞らの二勢力に分かれていた。元々彼らは互いに争っていたが、謙信は両家とも従わせていた。

 しかし御館の乱で越後が乱れるとその期に乗じて二家は独立勢力のようになっていた。正直佐渡の狭い土地をもらっても治めるのが大変なだけなので、金山さえ渡してもらえば他はどうでも良かった。そのため、山の採掘権だけを渡すよう要求する書状を持たせ、期限は十日とした。

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