青苧

 次に俺が手をつけたのは長岡付近で栽培されている青苧である。青苧は植物からとれる繊維で高級衣類の原料ともなっていたが、明治期に養蚕の登場で廃れたらしい。この時代は上杉家の経済力の一つとなっていた。

 隣で武田家は深刻な財政難にあえいでいたが、上杉家はたびたび関東や北陸への出兵を繰り返しながらも謙信の死後には膨大な黄金が春日山城に残っていたと言われている。


 最近まで青苧は直江家と関係の深い商人たちが春日山城付近の直江津に売っていたらしいが、俺が与板城を囲んで以来、商人たちは戦火を避けていた。本能寺の変後はまた忙しくなることが予想されるので、これも今のうちに解決しておきたい問題であった。


 俺は長岡城に青苧商人の中でもっとも有力と言われていた新国平五郎という人物を呼んだ。彼は上杉家が降伏した次の日にこの辺りを治めていた本庄秀綱の元に現れ、俺への面通しを頼んだという。おそらく上杉家が降伏したらすぐにやってこれるべく、待機していたのだろう。


 俺の元に現れた平五郎はすでに老齢であったが恰幅もよく、自信のようなものが感じられた。俺に対して平伏する際もどことなく余裕のようなものが感じられる。

「そなたが新国平五郎か。よう参った」

「いえ、新領主様への伺候が遅くなり申し訳ありません」

「俺が去年この地に攻め込んだ後は何をしていたんだ?」


「はい、私も直江家の下でそこそこ儲けていたので蓄えがありまして。武家の皆さまが戦っているときは勝ちそうな者を見極めて早めに参上するのが一番利益の大きい方法でございますが、戦いが終わって勝った者の元に参上するのが一番安全な方法でございます。私ももう五十を超えて、なかなか若いころのように冒険に出ることは出来なかったのでございます」

 要するに俺と上杉のどちらかが勝つのか、もしくは織田家がこの辺りまで攻め込んでくるのか、決着がつくまで答えを保留にしていたということだろう。老獪な商人らしいやり方だった。


「その間は何もしていなかったのか?」

「はい、そこそこ蓄えがありましたので」

 なるほど、金があると安全策がとれるということか。

「では本題に入るが、これまで商売はどのように行っていたのか」

「はい、元々我々はこの地でとれた青苧を買い、信濃川沿いに新潟へ運び、そこから春日山などに販売しておりました。しかし言いにくいですが……」


 平五郎は言葉を濁す。俺が新潟を上杉家から奪ったせいで新潟を利用しにくくなったと言いたいのだろう。俺も上杉領の商人の都合とかは考えずに領内の商人を優遇していたので、仕方ないと言えば仕方ない。

「俺が新潟を奪ってから商売がしづらくなったということか」

「そういう側面もあるのかもしれません」

 さすがにその通りですとは言えずに、平五郎は婉曲な言い回しをする。


「その後は陸路で春日山に売りさばいていたのか」

「その通りでございます。やはり水路よりも人手はかかりました。ですがこのたびこの地も新潟もめでたく新発田様の領地となったのでかつてのように新潟へ売りに参りたい所存でございます」


 とはいえ、今から財力を持ったこの地の商人たちがそちらに参入すると、新潟港のパワーバランスが大きく変わってしまいそうだ。市場原理と言えばそれまでだが、俺が上杉家に反旗を翻した当初から一緒にやってきた彼らが新参の商人により苦しめられるのは避けたかった。

 かといって、後から参入する者たちの税を重くしたり規制をかけたりするのも違う気がする。それに、せっかく青苧という産物があるのだからそこからとれる利益は欲しい。そう考えると青苧の売買についてはこちらで掌握したかった。


「そう言えばおぬしは冒険より安定を重視すると言っていたな。それなら俺に仕える気はないか」

「それは武士になるということでございますか?」

「確かに武士に仕える者を皆武士と呼ぶのであればそうであるが……。今はこの地の商人が青苧の売買を行い、そこから得た利益の一部に税がかかるという形になっている。しかし新潟の商人には現在酒田や畿内にも物を売りにいかせている。そのため、俺としてはこちらが直接青苧を買い上げて新潟の商人へ売り、利益を得る方がやりやすいと思ってな。ただ、それにしても購入や運搬に手間がかかる以上、その人手はいる」


 この方法であれば新潟の商人たちに新たな競争相手が出現することもないし、俺は新たな収入源を自分の手に確保することが出来る。それに年貢で現物で納められた青苧を売却するときに流通を握っていると便利である。

 また、この時代の商売は現代ほどしっかりと管理されている訳ではないので適切な金額の税をかけるのが難しく、こちらの利益の一部を給金として渡すのが楽だという事情もある。


「なるほど、要は御用商人のような形となるのですね」

 そういう言い方もあるのかもしれない。

「私はそれでも構いませんが、中には商売を続けたいと思う者もいるでしょう」

「ある程度は仕方あるまい」


 その後俺は他の商人たちにも似たような提案を行った。中にはこれまで蓄えた財力で新潟港の船や倉庫の使用権を得て、この地の青苧を自分の手で遠方に売りに向かいたいという者もいた。そういう者たちからは新潟にいる商人よりも少し多めに倉庫や船の使用料を払わせることで合意した。


 農家の反応は最初は微妙だった。というのも、大名は急に滅びたり領地を失う可能性があるため、取引先が大名だけになるのは不安なためである。とはいえ、ここ数か月間買い手がつかなかった分を俺がまとめてほぼ定価で買い取ったことで心証は大分よくなった。


 また、俺に仕えることを了承した商人たちの具体的な業務内容や給金などを取り決め、さらにそれを本庄秀綱に引継ぎするなどの仕事に追われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る