河原田城の戦い

五月十日 新潟港

 この日、羽茂本間高貞からは服属の申し出があった。しかし鶴子銀山、新穂銀山など現在でも多少の銀を産出する地を領有する本間泰高からは「採掘するのはいいが、金銀は山分けにして欲しい」という申し出があった。


 正直なところ交渉次第でどうにかなる気もしなくはなかったので気は引けるが、今のうちに片付けておかないと佐渡に渡ることは出来なくなるかもしれないので渡海を決意した。


 翌五月十一日、一千の兵を率いて海を渡った。佐渡はそこそこの広さの島だが、北部と南部が山になっているため、そこまで米の生産が多い訳でもない。


 船団を率いて両津に接近すると、閑散としていた港町の住民は船団を見て驚愕した。俺が占領した当初の新潟よりも人が少なく、狭い港に船がひしめくことになった。しかし五月十日に本間家からの使者が来て翌日渡海したため、本間家も俺の渡海を事前に知ることは出来なかった。

 まさか交渉を持ち掛けただけでこんなにすぐ軍勢を送り込んでくるとは思っていなかったのだろう、港には迎撃の軍勢も歓待の使者もいなかった。もし事前に察知されていたらどちらの対応をされたのだろうか。


 軍勢が半分ほど上陸したところで、ようやく本間泰高からの使者が現れた。使者たちも急に現れた軍勢に狼狽しているようだった。

「我らに敵対の意思はありません」

「ならば本間泰高にすぐ金銀の採掘権を渡すよう伝えよ」

 俺が言葉を伝えると使者は逃げるように河原田城へと戻っていった。俺はそれを追うようにして物見を派遣するとともに、羽茂の本間高貞にも使者を送っている。相川金山も本間泰高の領地にあるため、高貞には特に要求はなかった。百や二百の軍役を課すことは出来るが、連絡や渡海が不便であることを考えると手間がまさるように思えた。


 数時間かけて軍勢が全員上陸を終えたころ、物見の一部が戻って来た。

「申し上げます、河原田城の本間勢、山の中へ逃亡したようでございます」

「面倒なことになったな」

 おそらく相手としてはこちらが諦めて帰るのを待っているのだろう。初めて来た地で山の中に隠れた相手を探し回るのは時間がかかる。


「仕方ない、河原田城を押さえる」

 一千の軍勢とともに河原田城に向かうと、そこは城というよりは館に最低限の防御を施したものという方が正しい建物だった。残っていたのは数人の使用人のみで、彼らも軍勢を見ると泡を食って逃亡した。

 無人の城を接収しても、と思ったが佐渡北部の相川の辺りを含む地図が手に入ったのがせめてもの救いだった。


「鶴子や新穂ではなく相川から金が出るのですか」

 田辺新兵衛は資料を見ながら尋ねる。現在相川金山の鉱脈はほぼ見つかっておらず、本間家の資料にも何の記述もなかった。

「おそらくだがな。まずは探すところから始めてもらいたい」

 俺は早速田辺新兵衛に護衛をつけて相川の辺りに派遣した。

 続いて河原田城周辺の民家を接収して多数の兵士を常駐可能にするよう手はずを整える。


 翌日、河原田城に服属した本間高貞が参上した。十人ほどの供と現れた高貞は一千もの軍勢を見て肝を冷やした。

「本間高貞、今後は新発田家に服属させていただきます」

 彼は河原田城で深々と頭を下げた。

「泰高との関係は悪いのか」

「はい。彼は元々我らの所有していた地を銀が出そうと見るや奪い取り……」

 そう言って高貞は泰高の悪口を並べ立てた。俺が泰高と敵対している以上、そう言って取り入ろうと考えているのかもしれない。


「なるほど、事情は分かった。そなたには兵糧の供出を命ずる。他の軍役などは無用だ」

「はい、かしこまりました。しかしこの大軍をこの地に留め置くことは可能なのですか」

「そうだ。数か月なら……いや、経済的には可能だが本国からの兵糧の輸出がきつい」

 俺はあえて高貞には嘘をついた。やはりせっかく渡海した以上この機に一度は本間氏を破っておきたかった。高貞に悪意がなくとも、軍勢を常駐させることが可能だと言ってしまえば、驚いた兵士などから噂となって敵に伝わる可能性がある。

 会見が終わると、持参させた百挺の鉄砲を目の前で斉射するなど高貞を威圧した後、なぜかこちらが盛大にもてなして帰した。これで高貞は下手なことはしないだろう。


五月十五日

 俺は城を占拠して満足した振りをして、河原田城の兵士のうち八百を引き上げさせた。その中の一人に俺の馬印を持たせて俺自身も帰ろうとしているかのように偽らせ、逆に俺は一武将の振りをして城に留まる。

 こちらが向こうの内情を知らないように、向こうもこちらのことには詳しくないはずだった。


 八百の軍勢が停泊している軍船に乗り込み、沖へと離れていくと待ってましたとばかりに鬨の声が上がり、山中に潜んでいた本間氏の兵士が河原田城に殺到する。数は四百ほどもいるだろうか、手に手に槍を持って城へと殺到する。元々大した防御力がない城である以上、少数でも突破出来るとふんだのだろう。

「敵が接近するまではおじけづいた振りをしておけ」

 城の中に隠れ潜んでいた俺は残った二百ほどの兵士にそう指示する。すぐに本間氏の兵士が城壁に肉薄する。こちらの応戦がないせいか、意気軒高だった。


「今だ、鉄砲を撃ちかけよ!」

 俺が下知すると一斉に兵士たちは鉄砲を撃ちかける。轟音が鳴り響き、敵兵はばたばたと倒れる。おそらく佐渡にはまとまった数の鉄砲は渡ってはいなかったのだろう。

 一回の斉射による轟音だけで敵兵は総崩れになった。


「上杉軍に比べると飛んだ腑抜けだな。今だ、追い撃ちをかけよ!」

 兵力は半数しかいないが、戦国最強と言われた上杉軍との戦いで鍛え抜かれた新発田兵にとって本間勢は大した相手ではなく、逃げ惑う本間勢を追って次々と敵を討った。

 それを見て一度出港する振りをした兵士たちも港に戻ってくる。見事な快勝だった。


 翌日、顔を青くした本間泰高が河原田城に現れて降伏を申し出た。こちらに奇襲をかけてきたのは事実だが、元々一方的に採掘権を渡すよう言ったのはこちらだということもあって、金銀の採掘への協力と人質の提出を引き換えに降伏を認めた。


 こうして五月十七日、俺は田辺新兵衛と金山衆、そして人足を残して佐渡を出た。慌ただしくなってしまったのは否めないが、一度戦で武を示せたのでとりあえずは良しとすることにした。

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