東国私戦停止令

 上杉景長が上杉家で強権を敷く一方、信忠の元には越後や奥州の様々な武将や使者が集まっていた。越後国内で織田軍に降伏していた柿崎千熊丸や元々織田家に通じていた色部長実・本庄繁長、そして大宝寺義勝、さらに会津の蘆名家からの使者として金上盛備が、伊達家からは遠藤基信が派遣されて信忠に祝辞を述べた。


 その一方、上杉に代わる新たな権力が誕生したとみた諸勢力はすぐに好き勝手な訴えを開始した。特に蘆名家は色部家との戦いで失った越後内の領地を返還するよう信忠に要請したが、信忠は基本的に領地は現状維持にするとしてその訴えを却下した。


 また、奥州では今後織田家の許可なく戦をしてはならないという触れを出している。これまで戦国時代は“自力救済”と呼ばれるように、基本的には当事者同士で争いを解決するのが通例であった。どれだけ理不尽な言いがかりで領地を奪われようと、奪われた領地は自分で奪い返さなければ戻ってこない。

 が、信忠は今後はそれをやめるよう指示している。また、まだ織田家に誼を通じてこない諸将に対しても信忠の元にはせ参じるよう使者を送っている。奥州征伐についてはある程度東国諸将の旗幟が鮮明になってからになりそうだった。


 関東でも滝川一益が上野に入ったことをきっかけに戦国乱世は終焉を迎えつつあった。これまで関東で怒涛の勢いで勢力を拡大してきた北条氏が織田家に膝を屈したことで、関東の諸将は先を争って一益の元へ参集した。一益は厩橋城や沼田城など上野の主要な城を開城させて自らの手に治めている。ただし沼田城は昌幸に気を遣って城代としているが。

 また、北条家に城を追われた小山秀綱を城に復帰させるなど政治力を発揮している。


 ちなみに甲斐では武田の残党狩りが続いており、恵林寺が焼き討ちされるなど苛烈な政治が続いている。


四月十五日

 信忠による東国支配への通達も一段落したため、俺は約二か月ぶりに領地に戻ることにした。

「近いうちに天下統一の最後の戦いとして奥州征伐が行われるだろう。その際は期待しているぞ」

 帰り際、信忠に声をかけられる。今回の戦いでは世話になったし色々と交流もあったので、俺は遠回しに言っておくことにする。


「信忠様ももはや信長様に継ぐ天下人。御身を狙う不埒な輩が出てくるかもしれぬため、くれぐれも身辺は厳重に警戒なさってください」

「そうか。忠告かたじけない」

 あくまで一般論の形で告げたためか、信忠もごく普通の答えを返した。これ以上突っ込んだことを言えば信忠は何かを察して根堀り葉掘り聞いてくるだろう。


 本能寺の変が消滅して信長が生きながらえれば信長は外様大名を先鋒に唐入りを実行するのではないかという疑念が消えなかった。仮にそうでなかったとしても、中央に強力な政権が誕生してしまえば常に転封の危険性がある。

 史実で言えば豊臣政権と親密な関係を築いていた上杉景勝も加増という名目で会津に転封された。また、徳川幕府は全国の主要な港などを直轄支配していたため、統一政権が出来ると重要な地を召し上げられる可能性があった。そのため俺としては秀吉や勝家、家康らが群雄割拠したままでいてくれるのが最善であった。


 ちなみに柴田勝家はすでに春日山城を離れて越中に入り、佐々成政らと領国仕置きを行っている。勝家についても本能寺の変の時に越前辺りにいてもらわなければならない、と思いつつも勝家の居城が北ノ庄である以上、そのうち帰城するだろう。


四月十六日

 長岡城に戻った俺はまず今回の戦いで増えた城を誰に割り当てるかの判断に追われた。色々考えたものの、


安田城・北条城(上杉家との国境付近)→曽根昌世

赤田城→斎藤景信(本領安堵)

黒滝城(燃えたので要修繕だが)→猿橋刑部

吉江城→春日信達

木場城→竹俣慶綱

栃尾城→本庄秀綱

長岡城→直轄領(城代:本庄秀綱)

三条城→五十公野信宗(城代:高橋掃部助)

笹岡城→千坂景親

五十公野城→五十公野信宗


 という配置になった。上杉との国境付近には実戦経験豊富な曽根昌世を入れ、武田旧臣同士、上杉旧臣同士が近接しないように気を遣った。また、五十公野信宗・本庄秀綱・斎藤景信ら元々所領を持つ者は居城自体は動かしていない。


 こうして見ると新参武将が多く、しかも彼らにそれぞれ城を与えるという破格の待遇となっている。正直気前が良すぎだとも思ったが、本能寺の変が六月に起こると考えると一月半で諸々の準備を行わなければならず、それまでにやることが山積みでいちいち各所領の細かいことに構っていられなかった。まあ、気前よく城を配ったおかげで誰からも不満が出なかったのは助かったが。


 俺は城の割り当てが終わると、今度は召し抱えた望月千代女ら忍び衆を呼び出す。武田滅亡により、いったん甲信に放たれていた忍びはほぼ引き上げさせていた。数人が信忠と上杉家周辺にいる以外は集合している。


「次はどちらに参りましょうか」

「織田信長・織田信忠・明智光秀・徳川家康・羽柴秀吉・柴田勝家。この六人の動向をばれないように監視して欲しい」

「いずれも織田家の重要人物ですが……」

 千代女が少しだけ困惑したように言う。


「ああ、近々織田家で変事が起こるという噂を聞いたが、具体的な話はまるで分からない。おそらくこの六人を探っていれば何かが掴めるだろう」

「しかしいずれも警戒は厳しいものかと思われます。万一、露見すれば問題になると思われますが」

「大まかな動きを見張るだけでいい」

「分かりました。ただ、それにしても人数が足りません。この六名に上杉景長を加えれば監視先は七か所。私たちは二十名しかいないため、ほぼ三人ずつとなります。せめて連絡役を一か所につき二、三人ずつはいただきたいです」

「分かった。金はいくらでも出す」

 幸い、勝家軍団が長時間春日山城に滞在していたために新潟からの米の販売が繁盛しており、財政は潤っていた。


「ありがとうございます。資金さえあればこちらで何とかします」

 そう言って千代女は頭を下げる。おそらく旧武田家の人脈だろうが、忍びである以上ばれないようにやるだろう。

「任せる。情報の速さや精度よりは露見しないように頼む」

「かしこまりました」

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