春日山城

二月十日 不動山城

 昨日の戦いで城を接収した柴田勝家軍は山本寺軍の負傷者の救護や山本寺勝長との今後などを行いつつ一夜を明かした。当然三万もの大軍が収容できる訳もなく、城周辺に大量の軍勢が野営するという事態が発生はしたが。


 翌朝、そんな不動山城に使者が現れた。箕冠城の山浦国清からの使者であるという。簑冠城は春日山城南方の城で、信濃にも近い。


「何用だ。そもそも山浦国清は箕冠城の城主だったとは聞いていないが」

 使者を迎えた勝家は不審に思ったことを尋ねた。

「はい、そこには少々込み入った事情がありまして」


 そう言って使者は以下のような事情を語り始める。


 時は謙信の代にまでさかのぼる。

 武田信玄の信濃侵攻によって追われた信濃国衆を支援した謙信は五度に渡る川中島の戦いを行ったが、結局北信濃はほぼ武田家の領地となった。

 その時、信玄につかず越後に逃れた信濃衆が山浦国清・須田満親・岩井信能・高梨頼親といった面々である。ちなみに山浦国清は信玄を二度破った猛将村上義清の子だが、謙信の計らいで一門衆でもある山浦家の養子に入っている。また、岩井信能は直江信綱を刺殺した毛利秀広を討ち取った人物でもある。


 御館の乱の際、彼らは武田家が当初景虎方だったこともあり、景勝に味方した。しかし景勝は勝頼と和睦し、わずかに残っていた北信濃の領地が武田家に割譲されるなど彼らにとっても厳しい状況が続いており、今では上杉家臣のような扱いになっていた。


 そんな彼らは昨日の戦いにも参加していたが、上杉家が敗北したところでふと考える。このままでは織田軍は春日山城を包囲する。そうなれば未来はないが、むしろここで織田軍に合流すれば諦めかけていた信濃の旧領復帰が叶うかもしれない。そう考えた彼らは敗戦で軍勢が混乱している隙に脱出し、守備が手薄だった箕冠城を占拠したという訳である。


「……と言う訳でもし柴田様が北信濃に攻め入るのであれば、我らは道案内を務めます。ですがその折に旧領を一部でもいいので治めさせて欲しいのです」

「なるほど、主張は分かった。ちなみにもし旧領返還を確約出来ぬと言ったら?」

 彼らの言い分は至極全うである。とはいえ、勝家はつい試すようなことを言ってしまう。

 勝家の言葉に使者は顔をこわばらせる。


「その際は織田信忠様に同じことを言うまででございます」

 彼らは落ち目の上杉を見限ったというよりは旧領を取り戻したいという思いの方が強いみたいであった。そうであるならば信忠に泣きつかれるよりは自分の手柄にした方が良い。

「分かった。一部でもいいのであれば返還しよう」

「ありがたき幸せでございます」

 使者は畳に額をこすりつける。


 となると問題は上杉家よりも木曽から攻め込んだ織田信忠軍との競争となる。武田家がすぐに北信濃まで失陥するとも思えないが、それまでに春日山城を落とせるという自信はない。旧信濃衆が離反した以上、城に残るのは最後まで戦う覚悟を貫く者たちが多いのではないか。


「本日これより春日山城に陣を進める。そこに出仕するように」

「かしこまりました」


 その後柴田軍は降伏した山本寺勝長を組み入れ、春日山城に兵を進めた。

 春日山城は山を丸ごと城郭にしたとしか言いようのない城であった。二百メートルほどの山の頂上に本丸がそびえたつのはどの城も同じだが、山麓から斜面の間にもいくつもの曲輪や城壁が設置されており、その広さは二キロ四方にも及ぶ。包囲するだけでも一苦労といった規模であった。また、その周辺にも山が連なっており、天然の要害となっていた。


「勝長、城内の兵力はどれほどと見る?」

「不動山城の戦いに赴いていた兵力が五千。敗戦の死傷者や信濃衆の離脱を考えると残りは三千から四千ほどと思われます」

「三万の兵で攻めて落ちると思うか」

 通常なら十倍近い兵力があれば力攻めで落とせないことはないが。

「こればかりは城兵の士気次第かと思われます。富山城の戦いの折は味方が救援に来ると信じていたため当初は士気が高かったと兄は申しておりましたが、今はどうでしょう」

 その言葉に勝家は頷く。

「よし、一度総攻撃を致す。者共、準備せよ」


 この日の午後、織田軍三万による総攻撃が始まった。十倍近い兵力差だったものの、攻撃は難航した。城を包囲するには周辺の山に分け入らねばならず、山の中に潜んでいた上杉兵に襲われては撤退するという出来事が相次いだ。


 唯一山がないのは城下町側だが、そこは城方も気づいているようで重点的に守りを固めていた。これまでの戦ではあまり使用してこなかった鉄砲も集められており、城に近づく織田軍を容赦なく撃ち落としていく。御館の乱の際に景虎方が何度か城を攻めており、その折の経験があるからか、城兵の動きはてきぱきとしていた。

 全く進展がないままに日が傾き始めたので勝家は攻撃の停止を命じる。


 その夜、箕冠城にいた信濃衆たちが相次いで出仕した。率いていた兵力は五百ほどと大したことないが、上杉家の内情に詳しい者が加わるのは心強い。


「我らは謙信公からは御恩を受けましたが、その御恩は謙信公に返しております。そのため、今後は柴田様のために働く所存です」

 一番重用されていた山浦国清が四人を代表して言葉を述べ、頭を下げる。


「景勝方の士気はどうだ。不動山城での奇襲の他に何か勝算はあるのか。それとももはや最後の一兵まで戦うつもりか」

「春日山城での籠城となればあと一年は持つでしょう。そのため、城を囲む織田軍が疲弊したところを武田軍に背後から襲ってもらう、という策のようです」

「そうか」


 すでに木曽義昌だけでなく、他の南信濃衆たちも織田軍に内応を申し出ていると聞く。そんな状態の武田家に救援が出来るとは思えなかった。武田が大敗すれば上杉の士気は下がるだろうが、それから落としたのでは遅い。

「明日はもう一度総攻撃を行う。おぬしらは城内の構造にも詳しいだろう、期待している」

 御館の乱で景勝方だった彼らは春日山城に在城していた期間も長い。勝家は城内の絵図などを書かせ、上杉軍の戦術についても尋ねた。


 翌日、柴田軍は信濃衆を道案内に夜明けとともに城を攻め寄せた。彼らの案内もあって山の中からも城に攻め上がることは出来たが、峻険な斜面と城兵の必死の応戦に遮られて城攻めは成果を挙げられなかった。

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