合流

二月十四日 春日山城近辺

 蔵王堂城を降した俺は周辺の未制圧城を無視して春日山城を目指した。大半は城主が春日山城に詰めているなどの事情でさしたる抵抗はなかった。ただし安田能元だけは五十公野信宗の別動隊に対して抗戦の構えを見せている。


 また、十三日の夕刻には猿毛城に籠る柿崎千熊丸の降伏を受け入れた。ちなみに柿崎家は当主が幼少のため、家臣が兵を率いて春日山城に入っているとのことだった。


 春日山城周辺に到着すると、すでに周辺の山々には付城の構築が開始され、織田軍三万による城攻めが行われていた。織田軍に降伏した山本寺家や山浦家など上杉家の一門格でもあった家の旗も見える。しかし春日山城も圧倒的な規模を誇るため、蟷螂之斧というようには見えなかった。

 俺が織田軍の本隊に向かうと、すぐに勝家の本陣に通される。勝家とは去年会ったが、よくよく考えるとあれからもう一年近く経っている。


「よくぞ来られた。中越の方はもう大丈夫なのか?」

 戦況が順調なせいか、勝家は元気そうであった。

「主だった者はおおむね春日山城に籠り、大した者は残っていなかった。おそらく兵を出せば降伏か逃亡かではないか。ただ、景勝の出身でもある坂戸城だけは簡単には落とせないだろう」

「なるほど、こちらもなかなか春日山攻めはうまく行かなくてな」


 その後、お互いにここまでの戦況の情報交換を行った。

 勝家の話を聞く限り、あれほど頑強に抵抗していた上杉軍も崩壊が一気に加速しているようであった。こちらで言えば与板城、越中で言えば魚津城の落城をきっかけにそれまで張りつめていた糸がぷつりと切れるように抵抗が弱まった。


「……なるほど。それならば我らは信濃衆とともに別動隊を率いて信濃に攻め入った方がいいのではないか」

 話を聞き終えたところで俺は意見を述べる。勝家は甲州征伐が数か月かかると思っていそうな雰囲気だが、俺はあと一か月も持たないことを知っているからだ。

 勝家も俺の言葉に頷く。

「そうだな。何度か攻めてみたがびくともせぬ。新発田殿の到着を待って考え直すつもりではあった。そして今後のことも少し相談しておかなければならぬと思ってな」


「と言うと?」

「春日山城が落ちるにしろ上杉が降伏するにしろ、越後は我らと新発田家で分割することになるだろう。また、中越のいくつかの城からはすでに織田家に降りたいという申し出も受けている。その辺りの境界をはっきりさせておかなければならぬと思ってな」

 確かに、越後の国衆としては同じ越後衆である俺に降りたい者もいれば、織田家の直属の家臣になりたいと思う者もいるだろう。

 また、現在は戦争中であるので上杉家が織田家に降伏した場合、どこからどこまでが誰の領地かややこしくなる。


「織田家としては春日山城周辺に加え、上杉家の領地である坂戸城、さらにその間の地域まで欲しい」

「なるほど」

 そこそこ広い地域ではあるが、実はその間は山ばかりで大した収穫量はない。

「長岡周辺の平野部と出雲崎周辺の沿岸の平野部はこちらでいいのか?」

「その辺りはすでに新発田家の支配が及んでいると聞いている。こちらが指定したところは上杉家が降伏すれば上杉の領地になるかもしれぬし、織田家の直轄領になるかもしれぬ。それは分からぬが、我々の差配でいいということでよろしいか」

 上杉が降伏しても織田家の領地があてがわれるだけならそれでもいいか。


「問題ない。こちらからも提案なのだが、柿崎家を始めとするその区域で降伏した者は織田家につくよう説得する。その代わりに、佐渡島を我らがとることと、信濃で武田の旧臣を召し抱えることを許してもらいたい」

 ちなみにこの時佐渡島は時折砂金が発見される以外は何もない小島である。武田の旧臣については事前に許可を得ておかないと火種になる可能性があることもあった。

「佐渡島は構わぬが武田の旧臣か……。こればかりは上様のご意向もあるから、何とも言えぬ」

 勝家は正直に答える。

 極端な話俺が武田信豊とか信廉のような一門衆を勝手に召し抱えたら大変なことになるのでそれについては強く言えない。


「では、どうしても問題がある人物は後日柴田殿に引き渡すというのでどうか」

「それであれば」

 そうは言ったものの、一度召し抱えた家臣を引き渡すというのは俺の評判に直結する。そのため、どこまでなら問題ないか空気を読む力が必要となった。ただ、今後越後周辺で大きな戦があるとは思えないからどちらかというと武将よりも内政などが出来る人材が欲しかった。


「また、この坂戸城方面にも兵を派遣し、春日山城の士気をくじいていこうと思う」

「それはいい案だと思う」

 実際に坂戸城が落ちるかは不明だが、軍が向かったとなれば士気は鈍るだろう。特に景勝は気が気でないに違いない。


「では早速準備をしよう」

 その後信濃衆は旧領へ使者を派遣し、俺は柿崎千熊丸ら、織田領に入る地域で降伏した者たちへの説得を行った。彼らは家の存続が許されるなら織田家でもいいとのことだった。


 翌日、各方面への分担が発表された。

信濃方面-山浦国清ら旧信濃衆の五百、新発田軍三千、そして織田軍から前田利家の五千。

坂戸城方面-佐久間盛政ら七千。

春日山城周囲-柴田勝家・佐々成政ら一万八千、山本寺勝長・柿崎千熊丸ら上杉旧臣一千。


 という陣容だった。佐々成政は越中の領主であり、戦後おそらく上越周辺も治めることになるため城周辺に残った方がいいという判断でこのような陣容となった。


 こうして俺たちは二月十五日、信濃方面に向けて出発した。

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