さらに西へ

二月十二日 蔵王堂城

 城将中条景泰を負傷させ、再び堀を埋め直した新発田軍はもう一度総攻撃を行った。昨日は陣頭に姿を見せなかった景泰だが、驚くべきことに今日は塀の内側に姿を見せていた。


「我らはすでに一度敵を追い返している! 何度来ようと同じことだ!」


 景泰は表面上はいつも通りに甲冑を着こみ、大声を張り上げていたが、よく見ると全く右腕を動かしていなかった。気力で陣頭に立っているだけで傷自体は癒えていないのだろう。

 もう一度矢で狙撃してもいいのだが、遠くから射れば身を隠されるだけだし、乱戦になっているところを狙うと味方を下げなければならない。


「よし、今日は城内に入ったら景泰を優先的に狙え」

 俺は全軍に触れを出す。負傷しているのに無理に前に出るというのであればその無理を突けばいい。


 攻防を続けること数時間。太陽がわずかに傾いたころ、ようやく味方の一部隊が塀を倒して城内に突入した。

 しかし城兵も待ってましたとばかりに槍をとって迎え撃つ。すぐに壮絶な白兵戦が始まる。突入した兵士を城兵は包囲して討ち取ろうとするが、先鋒を孤立させまいと攻め手の兵士も周辺の塀を押し倒そうと攻撃を続ける。

 城外の敵に矢を射かけ、塀に近づく兵士を槍で突き伏せながら城内に突入してきた兵士を迎え撃つ。そんな均衡は長い間続いたかのように思われたが、実際には一時間ほどで崩れた。城兵の負傷者が増え始め、新たな箇所で新発田軍の兵士が塀を押し倒して城内へ突入したのである。


「仕方ない、曲輪を捨てて退却せよ」


 景泰は命令を出す。城外の曲輪を捨てるのは痛いと言えば痛いが、それだけである。むしろ防衛線が縮小して守りやすくなるという側面もある。


 しかし、城内に突入した新発田兵は曲輪の占領よりも景泰を狙った。普段なら刀を抜いて迎え撃つところだったが、傷が癒えていない景泰は大事をとって後方に下がった。自分が倒れたら城は落ちると思っての判断だったが、それは裏目に出た。

 一時的に劣勢になっていたところに景泰の退却が重なり、城兵は崩れた。


「今だ、このまま敵を追って城内につけいれ!」

 それを見た新発田軍はここぞとばかりに攻め立てる。そして本庄秀綱の部隊が、退却する城兵を追って曲輪部分から本城へと侵入を果たす。


「傷を負っていても決死の覚悟で迎え撃っておけば良かったか……」

 景泰は悔しがったが、既に遅かった。城内に敵が入り込んでいる一方、曲輪内に残った味方もおり、そちらでも乱戦が続いていた。これでは城と曲輪を繋ぐ城門を閉ざすことも出来ない。


「かくなる上は曲輪内に打って出る! 味方を収容して城門を閉ざす!」

 このまま曲輪内の兵士が退却してくるのを待っていてはジリ貧になってしまう。そう考えた景泰は一か八か、討って出た。

 これに驚いたのは城内に突入しようとしていた秀綱である。まさか相手が出撃してくるとは思わず、一瞬だけ勢いを押し戻される。

 が、そこは秀綱も歴戦の将である。


「よし、いったん退け。奴らはどうせ城内に戻るだろう。その時を突く」

 景泰の勢いを避けて一度陣を引く。出撃に成功した景泰は曲輪内で戦う味方と合流し、今度は自身は殿軍を務めながら城内へ戻ろうとする。

 しかしそこで秀綱は猛然と追撃を始めた。あと少しで城内に戻れると思って油断したこともあり、秀綱は城内への侵入に成功する。


「くそ……」

 それに気づいた景泰は悔しがったがどうしようもない。城内へ入った秀綱は慌てずに城門周辺を占拠して後続の部隊を誘導する。

 今度こそ景泰は打つ手がなくなった。恐慌を起こした城兵は次々と後方の川に飛び込んで逃げていくのが見える。


「せめて一か月は持たせたかったが……」

 景泰はせめて最期は立派に腹を切ろうと本丸に戻る。乱戦と逃亡で周辺に残る家臣もわずかだったが、中条家から付き従った者が一人残っていた。

「悪いことは言わぬ。今からでも脱出して領地へ戻れ。よそもののわしと運命を共にすることはない」

 吉江家から養子に入って八年ほど経っていた景泰だったが、あえて突き放すような言い方をする。が、家臣は色をなして反論する。


「私は中条家に仕えておりましたが、今は景泰様に仕えております。再起を図るにしても腹を切るにしてもご一緒いたします」

「そうか。潔く腹を切ろうと思っていたが、家臣たちを付き合わせるのは忍びないな」

 もし付き従うのが吉江家の家臣なら共に腹を切っていたかもしれない。

 景泰は大きく息を吸い込む。

「残った兵士に告ぐ。おのおの、好きに落ち延びよ! 帰農するも、残った城に落ち延びて戦い続けるも勝手にせよ!」


 こうして蔵王堂城はわずか三日間の攻防で落城した。もう何十日も中条景泰と戦っているような気分になったが終わってみれば呆気ない幕切れである。


 越後平野周辺にはもはや大して残っている城はなく、進むのであれば南側の景勝の出身である坂戸城を目指すか、信宗の進行方向に合流して上越を目指すという二つの進路があった。


 どうするか考えていたところへ折よく信宗からの使者が現れる。

「申し上げます、別動隊、出雲崎を接収後、赤田城の斎藤景信を降して北条城を包囲。吉江家の家臣が籠城しましたが一日で落城し、現在安田城に降伏勧告を行っているとのことです」

 大体予想通りの結果である。


「よし、そちらも順調のようだな。ならば我々は先に進むことにするか」

「先に進むとは?」

 隣にいた秀綱が尋ねる。


「秀綱は周辺の制圧を任せる。我らは信宗の先を進み、春日山を目指す。もし安田城が早急に落ちれば合流出来るだろう」

「なるほど……確かに春日山城さえ落ちれば周辺に残っている城もおのずと降るでしょう」


 秀綱はそう言ったが、それだけではない。秀綱は知らないだろうが、この後武田家は意外に早く滅亡する。そうなればその余波で上杉家もどうなるか分かったものではない。その後織田家が越後をどういう形で支配するのかは分からないが、それが勝手に決まる前に俺もその場に居合わせたいという思いがあった。そして、領地が拡大した新発田家にあわよくば武田の遺臣を迎え入れたいという思いもあった。

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