築城

 川を渡った新発田軍は本庄秀綱の軍勢と合流し、与板城付近まで進軍した。

 与板城は海側の山脈のほぼ麓にある小高い山の上にあり、本丸・二の丸・三の丸を備えてそれぞれを掘りで区切った本格的な城郭である。また、城の西側には山々が広がっており、攻め口が限定される。ここまで攻めてきた城はいずれも地形が険しいものの、城としての造りは簡素なものが多かった。


 また、すでに九月に差し掛かり、稲刈りの時期も近づいている。特に今回俺は領内から大量の兵を動員してしまっている上に本庄家・色部家の援軍も抱えている。彼らをいつ帰すかについても考えなければならなかった。

 到着したときはすでに夜も更けていたので城に数名の物見を放つと、遠巻きにして野営の準備を行うにとどめた。


 翌日、城に放った物見が戻ってくる。彼らは秀綱の兵で、領地が近くにあるため比較的この辺りの地理にも詳しい。

「城内にいるのは千坂家や竹俣家を中心とした軍勢で、吉江家の軍勢は後方の大熊城などに集まっている模様です。はっきりとした兵力は分かりませんが、城内には二~三千と思われます」

「なるほど、この城ならその程度の兵力で守れるということか。兵力が増えれば兵糧も減るし、何より城外の兵力がいれば稲刈りから兵糧の搬入も狙うことが出来るからな」


 城の周囲に山があるため、地理に明るい敵軍は獣道などから兵糧の搬入や夜襲を行う可能性がある。時間を稼いで冬を待つ戦術だろう。

「分かった。向こうがその気ならこちらもこの地に城を築く」

「城ですか?」

 猿橋刑部が尋ねる。

「そうだ、城があれば大兵力を常駐させずとも包囲を続けることが出来るからな。また、冬が近づいても兵士の士気を維持出来るだろう」


 おそらく兵糧攻めを行っても雪が降る前に城が落ちるかは微妙な情勢である。最悪のパターンは越中で織田軍が雪に阻まれて動きを止め、景勝の本隊が救援に現れることである。その際に城があれば逆に景勝が兵を退くまで待つこともできる。

 また、これは実際に築城してみないと分からないが、敵地に堂々と築城することでこちらの本気を見せて相手の士気を折るという効果の期待もある。少なくとも俺は織田軍の富山城包囲を見て圧倒された。包囲される側ならなおさらだろう。


「砦のようなものでしょうか?」

「いや、数千の兵力が滞在出来るような城だ。平城となるし、ある程度の兵力を常駐させるためそこまで堅牢である必要はない。また、こちらには鉄砲があるため銃窓なども作る必要があるだろうな」

「な、なるほど……。しかしそのようなことが可能でしょうか?」

「大丈夫だ。今のところ上方との交易がうまくいっており、資金的な余裕はある。築城については何とも言えないが、そこはやってみるしかない」


 幸い領内には新潟港で倉庫などを作った大工などもいる。大工らの手配、人足の手配、そして木材など資材の手配。やることは山積みだったが、本格的に城を作るというのは楽しいものであった。


「城を囲む塀にはひさしをつけましょう。雨でも鉄砲を撃つこともできます」

「信濃川から水を引いて水堀にしましょう」

「いや、それは氾濫の際に危険すぎる。むしろ近くの小川沿いに築くことで天然の水堀としましょう」

「とはいえ、数千の兵が常時滞在できるとなるとかなりの広さになりますな。本丸・二の丸・三の丸だけでなく外曲輪も必要になってくるかもしれません」


 武将たちも経験からくる意見をそれぞれ述べている。前回ひたすら土嚢を集めた時のようにまた土木作業が中心になるため、飽きが出るかとも思ったがそうでなくてほっとする。


 こうして俺たちは与板城の正面、少し離れた平野部に築城を始めた。名前は長岡城とした(もっとも、現存の長岡城よりは少し北になっているが)。

 俺たちが攻城そっちのけで築城を始めても、与板城の上杉軍はあまり反応してくることはなかった。放火などの妨害を防ぐために現場に兵力を集めていること、吉江城での潜入などが記憶に残っていることが原因だろう。

 逆に包囲はおろそかになっているため、敵軍も細々と兵糧の搬入などを行っている気配はある。だが、それも元を断ってしまえば不可能となる。


九月二十六日

 約一か月の期間を経て、長岡城は完成した。

 本丸には三層とはいえ、白く塗られた天守閣を建設した。これは防御用というよりは、周辺住民に誰がこの地を支配するのか示すためである。本丸を守るように二の丸・三の丸を設置し、簡単ながら石垣を造り、城壁にはひさしや銃窓を設けて鉄砲を撃ちやすいようにした。

 城の後方には黒川という小川が流れており、前方、つまり与板城方面には柵と土塁で守られた曲輪をいくつも設置した。この曲輪の中に兵士の宿舎を設けて大量の兵士が滞在できるようになっている。そして本丸など城の中心部に倉庫を造り、大量の兵糧を保管出来るようにした。これは籠城用というよりは、この地の兵糧を集めるためである。

 そのため城は東西に八百メートルほど、南北に六百メートルほどとかなり広いものとなった。逆に言えば兵力が少ない時は守り切れずに落とされてしまうような城である。


「まさか我らの領地にこのようなものが築かれるとは」

「さすがの直江様も今回ばかりは終わりではないか」

「越中でも苦戦しているそうだしのう」

「何にせよ、我らは村が焼けないことを祈るだけじゃ」


 工事に動員した人足たちも、城を見上げては口々にそんな感想を漏らすのだった。

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