敵地徴税

 長岡城の築城が終わると、間もなく稲刈りの時期がやってくる。本来なら兵士を全員帰して短期間で一気に終わらせるところなのであるが、戦争中なのでそういう訳にもいかない。

 とりあえず援軍に来ている兵士をいったん帰し、新発田領の兵士は順番に一千ずつ村に帰すことにした。どの領地を先にするかとか、誰を帰して誰を帰さないかなどで必ず揉め事は起こるが、長期戦になる以上出来るだけ領内の農業に影響を与えないようにしなければならない。


十月一日 長岡城

「重家様、城兵が山伝いに脱出している様子が見られます」

 与板城に放っていた物見から報告があった。同じように稲作している以上敵軍も稲刈りを行おうとしているのだろう。

「城の様子はどうだ?」

「上杉領にある鉄砲が少ないながらもこの城に集められているようです」

 あまりまとまって運用されているのを見たことがないが、上杉家にも鉄砲があり、それを与板城に集めていると言うのか。堅固な城に鉄砲が合わさると力攻めでは犠牲が増える。


 しかし敵兵が減っているということはこちらが大胆な動きをしても対応出来ないということでもある。

「よし、ならば城周辺の農家から年貢を徴収せよ。新発田に年貢を払った農家には上杉には年貢は払わらなくてもいいと言っておけ」

 俺は何人かの武将に兵を数百ずつ与えて周辺に派遣することに決める。

「もし拒否されたらどうしましょう?」

 信宗が尋ねる。

「やむを得ない、その場合は力づくで徴収しろ。ただ、年貢の割合は領内と同じにせよ。そしてもしどさくさに紛れて不要な強奪や農民への暴行を行う者は厳重に処分せよ。領内で徴税を行うのと同じ気持ちでするように」

「はい、かしこまりました」

 与板城には獣道などから兵糧が運び込めるとはいえ、周辺の米をこちらが集めてしまえば運び込む元がなくなるだろう。


 こうして城に残った部隊が周辺に散った。長岡城周辺の農民は戦々恐々としながら稲刈りを行っていたが、新発田軍の武将への反応は様々だった。


五十公野信宗の場合

 信宗が軍勢を率いて徴税に向かうと、こうなることを予期していたのかすぐに村長が村から現れた。村長の顔は強張っており、後ろには武装した農民たちが数名従っていることから彼らの緊張が窺える。


「新発田軍の五十公野信宗である。年貢の徴収に参った」

「ですが、この村はまだ直江家の支配にあります。もし二重に税を取られれば我らは生活出来ません」

「もし上杉家の者が来ても我らが追い返す。これよりこの周辺は新発田領と同じになったと思っていただきたい」

 そう言って信宗は後方にそびえたつ城をちらっと見る。そう言われると確かにここはもう占領されたような気がしてくる。


「分かりました。ではもし上杉家が反撃に出てきた際は我らが城内へ避難することの確約、兵士が乱暴や略奪をしないよう禁制を出していただきたい」

 あらかじめ村長は対応を考えていたのだろう。要求をすらすらと述べる。

「了解した。直ちに禁制を出そう。城は広いゆえ、有事の際は受け入れもしよう」

「また、税率については直江家へのものと同じで良いでしょうか」

 確認すると税率はおおむね領内と変わらないようであった。むしろ最近は戦費にあてるため臨時の徴税もあったという。同じ越後の農民である以上、そこまで統治方法に違いがあると言うこともなく、その後の話は速やかに進んだ。


 その後信宗は今回の村で出した禁制の内容をまとめ、次の村に行く際は信宗の方からその内容を提示した。基本的に農民は税率が変わらないのならば払う先は誰でもいいと考えていたため、おおむね順調に進むのだった。


高橋掃部助の場合

 二つの村で順調に話をつけた掃部助は三つ目の村に向かった。そこは長岡城から少し距離があり、これ以上の深入りは難しいと思われるちょうど境界あたりの村だった。

 掃部助が軍勢とともに進んでいくと、一人の若者が進み出てくる。どう見ても村長などの村の中心人物ではない。


「おぬしは何者だ」

「私は村長からの使者でございます。村長からのお言葉を伝えます、我々話し合ったところ現状この付近でどちらが勝つかは分からないということになりました。そのため、もし年貢を徴収するのであれば新発田軍が無理やり徴税していったという体裁にして欲しいとのことです」


 思いもよらない提案に掃部助も首をひねる。

「ほう」

「そうすれば後から上杉家の者が来ても申し訳が立つでしょう。一応徴収分の年貢は中心部の蔵に集めております」

「だが普通にそれを持っていけば、協力したとみなされるのではないか?」

「そうかもしれません。そのため、こちらも若い衆数人に抵抗させます。そのため、出来れば殺さずに鎮圧して欲しいのです」

 要するに示し合わせて争った振りをしようということである。

 もしも新発田勢が諦めて撤退することがあれば今後この辺りは直江家の支配に戻る。その際にも関係を悪化させたくないという相手の気持ちが伝わってくるようだった。


「なるほど……しかしうまくいくかは分からぬぞ?」

「はい、それに関しては仕方ありません」

 若者が去っていくと、掃部助は改めて兵士たちに触れを出す。


「この村では我らに敵対的な者がいるらしいが、抵抗があっても出来るだけ殺さずに無力化して年貢を回収していくように」

 これまでの村では自発的に納税してくれることになったが、今回は自分たちで運ばなければならないのが面倒である。そんなことを考えつつ掃部助は兵士を引き連れて村に突入した。

 そして武装して襲い掛かってくる村の若者を返り討ちにしながら年貢を回収したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る