吉江城攻防戦 Ⅲ

 信宗の軍勢が出立すると、俺は前回の夜襲やそれまでの戦いで討ち取った敵軍の兵士の鎧などを使って十名ほどの兵を上杉軍の兵士に変装させた。と言っても、兵士の多くは鎧や武器などにいちいち家紋などを入れている訳ではなく、見た目で識別出来るのは数人の郎党を連れている騎馬武者格以上の者だけである。そんな訳で十人ほどを騎馬武者に変装させればその郎党などを入れて五十人ほどの集団を作ることが出来る。

 とはいえ、いくらこの軍勢を用意してもいきなり城内に入り込むことは難しい。そこでこの五十人はあえて本陣に隠していた。


 包囲する兵力が減ったため、時折上杉軍の密使が城に入っていっていることが分かったがあえてそれは無視した。というのも景勝は依然として越中から動けず、特に伝えられて困る情報もないからである。むしろ不利を悟って降伏するか、一か八かで討って出てくれた方がこちらとしては都合がいい。


八月五日

 信宗が攻撃する黒滝城から吉江城に密使がやってきた。信宗によると黒滝城攻めは順調ということで、あえて使者を捕えようとすることもなく、入城させた。


 元々吉江城を守る兵二千に与えられた役割はただ城を守るだけでなく、俺の進撃を食い止めることである。それに吉江城を守ったところで後方の城が落ちれば、兵糧の補給が完全に困難になる。

 そんな訳で吉江景資も何らかの行動を起こさざるを得ない。そして俺が持っている兵力は現在三千で、城兵二千が戦えば勝てないとは言い切れない兵力である。

 そんな訳で俺は警戒を強めて城兵の動きを待った。


八月六日 未明

 それは夏の一日でもとりわけ蒸し暑い朝のことだった。一人の兵士が眠れずに陣地の外を歩いていた。いくら眠れなかろうが、日中に居眠りなどすれば上官に怒られる。体を動かせば眠気もやってくるだろうかと、そんなことを考えつつ歩いているとふと城の方から物音がした。

「何だ?」

 兵士は目をこすりながらふらふらと城に向かって歩いていく。すると遠くで城門が開くのが見えた。

「て、敵襲だー!」

 兵士は思わず叫び声を上げた。同じころ敵に気づいた見張りの兵士たちも慌てて城の方を見て気づく。城からは上杉軍の兵士たちが続々と出撃している。見張りの兵士たちは慌てて銅鑼を叩き、全軍に敵襲を告げた。


 敵襲を告げる銅鑼の音で飛び起きた俺は本陣で飛び起きた。

「ついに来たか……全軍に迎撃準備を命じろ。同士討ちに気を付けて合言葉を徹底せよ」

 全軍に向けての命令を出すと、使い番の者たちが四方に散っていく。次に矢五郎に声をかける。

「矢五郎よ、おぬしは敵の合言葉を盗んでくるのだ」

「はい、分かりました」


 基本的に夜襲の際は辺りが暗くなりお互いの姿が見えなくなる。また、普段は同じ隊ではない味方の軍勢同士も入り乱れるため、必然的に視覚による情報による識別には限界があり合言葉が採用される。

 例えば、目の前に知らない人がいたとして合言葉を投げかけて即座に反応がなければ斬り捨てるといった具合である。

 逆に言えば合言葉さえ分かればいったんは味方として判別される。そして戦場では大声で兵士同士がそれを叫び合う以上、盗む余地はある。


 急な夜襲を受けたためしばらく両軍は混戦となった。下手に飛び道具を使えばどちらに当たるか分からないため刀や槍で戦う乱戦となる。ちなみに今回は警戒していると思われたのか、敵軍はこちらの兵糧を狙ってくる訳ではなかった。純粋に包囲軍の打撃を与えようという意図だろう。


 本陣にも時折敵兵が斬り込んでくるが、まとまった兵がやってくることはないのでその都度討ち取った。じりじりしながら本陣で待っていると、矢五郎が息をきらして駆け込んでくる。

「重家様、分かりました! 敵の合言葉は『海』に『川』です!」

 ちなみに合言葉は覚えやすさと言いやすさ(戦場で瞬時に敵味方を区別する必要があるため長い単語だと意味がない)が重要で、しかも自軍の兵士が捕まるなどするたびに変更しなければならない。そのため、毎回考えるのが結構大変だったりする。

「よし、もしこの策が成功すればおぬしが一番の手柄だ!」


 俺は待機させていた上杉兵に変装させた一団の元へ赴く。

「ついに敵の合言葉が分かった! 『海』に『川』だ。これよりおぬしらは敵軍に混ざり、城内に退却する際に城に潜り込んでもらう。すぐにこちらが城攻めを始めるので、その隙に兵糧庫に火を放て」

「分かりました」

 いくら合言葉を盗んだとはいえ、怪しまれて所属などを聞かれれば終わりである。そのため、城に入り込んだ後すぐに行動を起こしてもらう必要があった。兵士たちは事前に打ち合わせていたように数組に分かれて戦場に散っていった。


 上杉軍の夜襲自体はこちらの警戒の強さもあって大した成果は上がらなかった。暗がりの中の戦闘なのでなかなか形勢ははっきりしなかったが、乱戦が続くまま夜が白み始めたためか敵軍に撤退の号令が響き渡るのが聞こえた。

「ここからが本番か」

 味方の軍勢が入り込みやすくするためには敵軍を出来るだけ混乱させなければならない。

「全軍追撃! 撤退する敵に乗じて城内に突入せよ!」

 地平線から日が昇ってくるのが見えるが、上杉軍は日が昇り切る前に城に吸い込まれていく。明るくなってしまえば数が少ない方は不利になる。そのため暗いうちに撤退したのだろうが、今回に限っては好都合だった。こちらが上杉軍に偽装した兵士が入り込みやすくなるからである。


 夜襲をかけるだけあって撤退の手はずも整えていたのだろう、上杉軍は整然と城内へ吸い込まれていき、追撃した新発田軍は城門により締め出された。この辺りの手際は敵ながら見事という他ない。

「このまま城攻めを続けよ!」

 俺がここまで力攻めを避けていたためだろう、敵も味方も少し戸惑ったようだった。敵軍に露見することを防ぐためこの作戦は味方の兵士にも伝えてはいなかった。侵入した兵士が少しでも成功しやすくなるようにと祈りつつ、城兵の気を引くために激しい攻撃を命じるのだった。

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