吉江城攻防戦 Ⅳ

 夜明けの攻城は俺の命令もあって激しい戦いとなった。しかし城方の兵力二千に対して寄せ手の兵力は三千。柵や城壁に進撃を阻まれたところを矢で射かけられて損害は増える一方だった。

 その一方、城壁の外からの射撃を行ったり、柵が破れたところから城内に乱入するなどして城方の兵士も次第に被害が増えていく。

 そんな熾烈な攻防の最中、突如城内から一筋の煙が立ち上るのが見えた。


「来たか!」

 待ちわびていたその煙に思わず叫んでしまう。


 城内に潜り込ませた偽装部隊には油を持たせており、兵糧を見つければすぐに火がつけられるようにしていた。そのため、乱戦で城兵の意識が外に向いている中放火に成功したのだろう。


「城内の兵糧蔵に火がついた! 彼らが撤退するまで、あと少し猛攻を続けよ!」

 もはや隠す必要もなくなったので俺は作戦の成功を全軍に触れさせる。なぜ突然こんな力攻めを、と思っていた兵士たちもそれを聞いて沸き立った。

 また、他の城内に潜入した兵士たちに対しても作戦成功と撤退を促す狼煙を上げる。

 対する城兵は城内に敵が侵入したことに対する動揺が走る。


「兵糧が焼けたというのは本当か?」

「すぐに消しにいかなければいけないのでは?」

「城内に敵が潜入しているということか?」

「落ち着け! とりあえず持ち場を守れ!」

 敵の部隊長も叱咤激励して回るが、城兵の動揺は城内から上がった煙が見えなくなるまで収まらなかった。

「重家様、城方の動揺の隙をついて潜入部隊、撤収しました」

 そんなお互いの士気の変化もあり、潜入部隊は撤収に成功したようだった。正直、火はついたものの中で全滅などということになってはかなり申し訳ないのでかなりほっとする。


「死傷者は?」

「死者五名、負傷者十名です」

 決して被害が少ないとは言えないが、それでも危険性を考えれば御の字である。

「そうか……。だが、これで城方の士気はかなり下がっただろう。よし、全軍攻撃やめ!」


 こうして未明の夜襲から始まった一連の戦闘は終了した。両軍ともかなりの死傷者が出たが、それにも増して城の兵糧が焼けたことは大きな動揺を与えた。城内ではすぐに城兵に間者などがいないか確認が行われたようであるが、時既に遅しである。


 俺は少し休息の時間を空けて潜入部隊の者たちを呼んだ。彼らの中には城兵と斬り合いしながら逃れてきた者たちもおり、重傷とされていた十名以外も刀傷を負っている者が多かった。

「まずは危険かつ重大な作戦の遂行ご苦労であった。この城が落ちれば我らの領地はさらに広がる。その時には必ずや恩賞が与えられるだろう。直接火をつけることが叶わなかったものも、城内に潜入しただけで手柄である。恩賞は出す。また、傷を負った者には丁重な手当を、死んだ者には残された家族に見舞金を出そう」

「ありがとうございます」

 兵士たちが頭を下げる。もちろん放火に成功した者の功績が一番大きいが、敵地である以上運や機会というものもある。それに危険な作戦に参加しただけで恩賞を出す価値はある。また、死者や負傷者にも気を配らなければ今後危険を顧みて作戦に参加してくれる者は減るだろう。


「では作戦の時の様子などを聞かせて欲しい」

「はい。我らは三手に分かれて城内に侵入しました。すぐに攻撃が始まりましたが、何の理由もなく持ち場を離れる訳にもいきません。そんな時、たまたま持ち場の矢が尽きそうになったので取りに行く旨を申し出たところ許可されたので三人だけ連れて城内に向かいました。兵糧蔵の場所はそれまで警備が厳重だったため、その辺の兵士でも場所を知っていました。乱戦ということもあり、警備の兵士は二人しかいなかったので兵士同士戦っている間に乱入して油と火種を投げ込み放火しました」

 やはり何部隊か派遣しておいて良かったと思わざるを得ない。


「なるほど、よくやった。城兵の士気はどうだ?」

「はい、吉江家や中条家の者が多く士気は盛んです。ただ、やはり兵糧についての心配から過敏になっている者は多い印象です」

 他の兵士たちもうんうんと頷いている。


「ちなみに、おぬしらの見立てでは城内の兵糧は残りどのくらいだ?」

「兵糧自体は元々そんなに残ってないものかと。普通に食べて一週間、節約しても二週間という程度でしょうか。残念ながらどれだけ焼けたかまでは確認できませんでした」

「なるほど。そんな様子か。ならば降伏も近いかもしれんな」


八月十日

 信宗から黒滝城が落城したという報告が届いた。元々城兵がわずかしかおらず、城将山岸光佑は城に火を放って天神山城へ逃亡したという。天神山城は黒滝城よりさらに険しい山の中にあり、籠城には適した城であった。信宗は引き続き天神山城の攻撃を続けるとのことだった。


 また、織田家からの戦況報告の使者によると、富山城ではそろそろ兵士たちが飢えて馬や城内の草木を食べ始めているという。それでも河田長親は籠城を続けているらしい。俺はそれを聞いて身震いした。


八月十六日

 兵士の報告や偵察の報告を合わせると、節約して兵糧を食べたとしてもそろそろ限界だろうという頃合いである。城内に籠る兵士たちも多くは越後のどこかの地域の農民が多い。そう思うといたずらに彼らを飢えさせたくはなかった。


 俺は城内に城を明け渡すなら城兵の命を保障する旨の使者を送った。本来は城主の切腹なども付け加えるべきであったが、それで富山城のようになっても困る。また、ここで恩を売っておけば織田家よりは新発田家に降伏する方がいいと思う者も出てくるかもしれない。


 吉江景資と中条景泰はこの条件を受諾。しかし城内の兵士たちがやせ細って不憫だったため俺は買い集めた兵糧を相場の三倍の価格で売りつけることも和睦条件に入れようと提案した。おそらく与板城周辺まで落ち延びれば兵糧はあるだろうが、それよりは目前の飢えの方が重要である。

 吉江景資も兵士を不憫に思ったのか、兵士全員の一食分のみ買うことを了承した。二倍の相場で周辺の兵糧を買い入れたのは仕方のない出費だと思っていたが、思わぬ形で費用が回収出来たので満足した。

 俺は次なる目標を天神山城に定めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る