吉江城攻防戦 Ⅱ
結局、夜襲は主目的であった兵糧の奪取に失敗したため敵が撤退するという形で終了した。兵力に差がある以上長引けばこちらが有利になるのは明白だったからである。
翌朝、俺は兵士たちに矢文の準備をさせた。城内の兵士に向けて、もし食糧を売るのであれば相場の五倍の値段で買うという内容である。城壁の近くまで弓隊を前進させると、次々と矢文を射こませた。こちらの策略と分かっていても文が射こまれれば敵としても見ない訳にはいかない。兵士たちは文を広げて表向きは「金で釣られてなるものか」と激昂した。しかし内心はこちらのなりふり構わぬ買収工作に動揺したようである。
その日は特にそれ以上の攻撃は行わず、敵の反応を待った。もし城兵の戦意が高く、矢文程度で動揺しないようであればまた違う策を考えなければならない。
「重家様、城内で異変が!」
その夜。警戒しながらも一応睡眠をとっていた俺の元に見張りが報告に現れる。すでに夜更けだったが思わず飛び起きてしまう。
「何だ」
「城内で兵士同士が争うような物音がしたようです」
さては矢文に釣られた不心得者が内通しようとしたか。ただ、兵糧攻めにあっている最中である以上、敵は兵糧を厳重に管理しているはずであり持ち出すのは難しいはずだ。そのため、失敗して処罰されたのだろう。
「騒ぎはもう静まったのか」
「残念ながら」
それならこれ以上追撃しても仕方ないか。しかし城内で不和が起こっているということは、向こうにも隙があるということでもある。俺はこの戦法を続けてみることにした。
さらに数日間矢文を射こみながら周辺の兵糧の買い占めを続けさせた。毎日同じ内容ばかり射るのも芸はないので、実は城内にはもう兵糧が少ないとか、景勝が越中で大敗したとか、そう言った内容を適度に織り交ぜてみた。そのせいなのかは不明だが、相手は最初の戦意が嘘のように出撃をしてこないようになった。
「城方の様子が変だな」
「そうですね。たまたま捕えた敵兵がいるので連れてきましょうか」
矢五郎が提案する。
「そうだな、頼む」
二日ほど前、たまたま城周辺に偵察に出ていた城兵が新発田軍の兵士に変装して城内に入ろうとしたところを発見して捕えるという出来事があった。逆に言えば、それ以外城兵はぴたりと出撃してこなくなったということである。最初の夜襲も目標が達成出来なかったとはいえ被害で言えば恐らく引き分けであり、やめる理由にはならない。
そんなことを考えているうちに捕虜の兵士が連れてこられた。後ろ手に縛られており、その表情には特に抵抗の意志はない。
「な、何でしょうか……」
「聞きたいことがあってな。最近城兵はぴたりと出撃してこなくなったがそれはなぜだ? まさか早くも戦意が挫けたということでもないだろう」
実際、城に近づこうとすれば激しい矢の雨が降り注ぐ。
「はい、それは五日ほど前に城内で兵糧を盗もうとした兵士がいたからでございます。その件自体はすぐに処罰されて終わったのですが、その後城兵が外に出ることについて警戒が厳しくなりまして」
なるほど、疑心暗鬼になって夜襲に乗じて兵糧を持って城を抜ける者がいないか焦っているということか。こうなってしまうと逆にやりづらい。しかし城兵が出撃してくる可能性が減ったというのはそれはそれでいいことでもある。
「なるほど、ちなみにそなたは何で出してもらえたんだ?」
「はい、周辺の村々で米が残っているところがないか探してくるようにと」
ちなみにここ数日の間に周辺の村の米はほぼ買い占めてしまった。仮に城内に秘密の抜け穴があったり、夜陰に紛れて包囲を抜けたとしても周辺から兵糧を運び入れることは難しい。
「それはそうだな。ちなみに残りの兵糧は?」
「二か月ほどはあると言われましたが、本当かは分かりません」
「だろうな」
仮に残り少なかったとしても、兵士を安心させるために本当のことは言わないだろう。
「よし、こいつは再び閉じ込めておけ。そして信宗を呼べ」
俺は兵士を追い返すと今度は信宗を呼ばせる。
「何でしょうか」
数日間動きがなかったため、信宗の顔には何か仕掛けるのではないかという期待があった。
「おそらく城兵はもう軽々しく出撃してこないだろう。それに、もはや城周辺に兵糧は残っていない。仮に敵が討って出ても兵糧を運び込むことは出来ないだろう。そのため、お主には二千の兵を率いて黒滝城や天神山城の攻略に向かってもらいたい」
「なるほど」
吉江城のさらに西側にある黒滝城には山岸光佑が、天神山城には大国重頼が入っているが、前線ではないためそれぞれ兵力はわずかである。ちなみに大国重頼の養子には兼続の弟である実頼が入っているが、兼続や景勝とともに越中に出陣中である。
どちらも山城ではあるが、兵がいなければ落ちるかもしれない。
「もしそれを阻止するために敵が城から打って出るようであれば新たな作戦を立てる事も出来る」
「承知しました。必ずや両城を落としてまいります」
こうして五十公野信宗率いる二千の兵は吉江城を離れ、黒滝城・天神山城へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。