西進
吉江城攻防戦 Ⅰ
七月二十日 木場城
上杉家との前線である木場城に新発田領の兵士四千と色部家からの援軍一千の合計五千が集まっていた。栃尾城の本庄秀綱のみは自城から与板城を牽制しているが、これで新発田家のほぼ総力である。
「では上杉家を倒すため、いざ出陣!」
「おおおおお!」
こうして俺たちはまず木場城の近隣にある上杉方の拠点、吉江城に出陣した。
現在吉江城を守るのは吉江景資と、実家に戻る形となった中条景泰ら合計二千ほど。堅固な山城という訳ではないが、城兵の士気は高く力攻めは簡単ではなさそうである。
城兵は城の周辺に簡易の砦を築き、さらにそれを守るように柵を立てて即席の曲輪を築き備えていた。さらにその周辺には逆茂木がいたるところに配置されている。
城門への道筋沿いに配置されているため城に近づこうとすればそれらから矢を射かけられる形となるため、一つ一つ落としていかなければならないがそうなれば時間がかかる上に損害も少なくないだろう。おそらく俺が上洛している間もここが戦場になることを予期して備えていたのだろう。
「とりあえず攻めてみましょうか」
城を見た信宗が進言する。
「そうだな。包囲しようにも砦や曲輪が多くてかなわん」
城自体はそこまで大きくないが、周囲に張り出している砦や曲輪を落とさなくては包囲の輪が薄く広がりすぎてしまい、夜襲などを受けたときに対処できない可能性がある。
「よし、全軍攻撃だ! 初日なので城門ではなくあくまで外側の曲輪を一つずつ落としていくように!」
「おおおおおおお!」
こうして吉江城攻めの戦端が切られた。初戦ということもあってどちらも戦意は高い。攻め手が近づこうとすると城方からは大量の矢が飛んでくる。とはいえ、限られた城兵では複数ある曲輪や砦を全て守り切ることは出来ない。また、城方も守る箇所が多いため、兵の密度はどうしても薄くなる。
やがて外側にある曲輪の柵が破られ、さらに砦に兵士が侵入する。柵が破られれば兵士の多寡が勝敗を決する。すぐに砦から火の手が上がり、城兵は奥の砦へと後退していく。
こうして初戦は攻め手が優勢となったが、二つほど砦が落ちて城兵の密度が上がってくると途端に攻撃は難航した。城兵は砦を放棄するとき火をかけており、それらの施設はもう使えない。また、これまでと降ってくる矢の雨の量も違っていた。避ける余地もない大量の矢の雨に兵士たちは次々と被弾した。
「攻撃やめ!」
たまらず俺は攻撃を停止させる。ちょうど時刻も夕刻に差し掛かっていたこともあり、双方すんなりと戦いを終わらせた。
翌日。昨日は砦をいくつか落として意気軒高だった新発田軍は果敢に城を攻め立てたが、城方の激しい抵抗に遭ったため、俺は昼前に攻撃を止めさせた。
「兵糧攻めにするのですか?」
攻撃を止めさせると信宗が俺に疑問の意を示す。確かに兵糧攻めにすれば時間がかかってしまい、場合によっては上杉の救援軍が来るかもしれない。また、おそらく前線となることが想定されている吉江城にはある程度の兵糧があるだろう。
「そうだな。だが、普通の兵糧攻めでは時間がかかってしまう。せっかくだから上方で聞いた羽柴殿の作戦を真似してみようと思う」
三木城の戦いにおいては支城を落としてひたすら包囲するだけだった秀吉だが、鳥取城では周辺の米をことごとく買い上げ、さらに周辺住民を城内へ逃れさせて飢え死にさせる策をとるという。
「なるほど」
信宗はいまいち想像がつかないようだった。俺も話に聞いただけだったので実際にうまくいくのかはよく分からない。まず、城周辺に「新発田軍は通常の二倍の値段で米を中心とする食糧を買う」という高札を立てる。そして近隣の農村に兵を派遣してこちらから食糧を買わせた。本当は農民を城内に追い込みたかったが、もし上杉軍が農民とともに餓死するまで抵抗を続けた場合俺も困るのでそこまでは踏み込めなかった。
数日後、城周辺の兵糧は農民が食べる分以外はほとんど買い上げた。とはいえ元々城内に食糧がある以上、それだけでは城は落ちないだろう。農民を追い込むか、包囲だけして次の城に進むか。次なる一手を考えながら寝ていると。
「夜襲だー!」
という声が聞こえてくる。さすがに本陣は無事だったが、周囲からは敵味方の喚声と武器の音が聞こえてくる。見張りは立てていたとはいえ、突然の夜襲に完璧に迎撃出来ているとは言い難い。俺は反射的に飛び起きるとすぐに鎧をまとって槍を手に取る。
「重家様、ご無事ですか!?」
小姓の矢五郎が身を案じて駆け寄ってくる。
「ああ、俺は大丈夫だ。それより馬を引け」
「は、はい」
矢五郎は俺がこのまま安全なところに身を隠すと思ったのだろう、素直に馬を引いて来る。
「動ける者は皆ついてまいれ」
俺はそう言って馬に飛び乗ると、本陣よりさらに後方の兵糧の集積場に向かう。後に続く者たちがぎょっとした表情をしていたが、それどころではない。
俺がその場に向かうと、予想通りにそこには吉江家の兵士たちが現れて兵糧を荷車に載せている最中であった。味方は軍を立て直し始めてはいたものの、こちらまでは手が回らないようだった。もし彼らの目的が兵糧を奪うことではなく焼くことだったら何割かは焼けていただろう。
「わざわざ打って出た武勇は認めるが、一歩及ばなかったようだな」
俺の後からは俺を守るために次々と兵士がついてくる。兵糧を荷車に積もうとしていた兵士たちは俺の姿を見て青ざめる。
「くそ、あと一歩だったというのに。おぬし何者だ。かくなる上は名のある者を討ち取ってやる」
兵士の一人がこちらを睨みつける。
「俺が新発田因幡守重家だ」
せっかく正式に任官したので名乗ってみる。すると兵士たちは恐怖と興奮が混ざった表情になる。俺の武勇は知れ渡っているが、それは同時に討ち取れば途方もない手柄になるということの裏返しでもある。
「大将を討ち取れば兵糧なんてどうでもいい、討ち取れ!」
一人が号令をかけると兵士たちは十人ほどこちらに向かってくる。
「小癪な」
たちまち乱戦になったが、槍を振るって二人ほど兵士を打ち倒すと味方が集まってきたこともあって、敵は劣勢となった。
「おのれ……」
捨て台詞を上げながら敵兵は逃れていく。
そこでふと俺は考えて逃げ去っていく兵士に呼びかける。
「お前たち、もし城内の兵糧を持ってくるならば五倍の値段で買ってやる」
「そのような言葉に釣られてたまるか!」
兵士たちは強気に言い返して逃げていった。しかし兵士たちはそう言いつつも動揺の表情を浮かべていた。
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