帰還
七月十日 新潟港
結局、俺の上洛とそれに関わる諸々の旅は約二か月もかかってしまった。もちろん、二か月かけただけあって得たものも大きかった。織田家にある程度名前を憶えてもらうことが出来たし、安土や京をこの目で見ることも出来たし、信長を始めとする織田家の主だった人物の人となりを知ることも出来たし、官位ももらうことが出来た。
富山で織田家に聞いた限り、上杉家は揚北方面では軍事行動は起こしていなかったという。俺がここまで専守防衛に徹していたので優先順位が下がったのだろう。
ちなみに景勝は現在越中松倉城で佐久間盛政や佐々成政と小競り合いを繰り返しているらしかった。しかしこのまま富山城が落ちて柴田勝家の本隊も現れれば景勝本隊もまるごと包囲を受けるほどの兵力差となるだろう。この隙になるべく上杉家を叩き、勝家の勢力伸長を助ける。
そんなことを考えつつ俺たちは新潟に戻って来た。俺たちが港の沖に船を止めると、それを見た町人たちが集まってくる。初めはここも村に毛が生えたほどの人口しかいなかったが、今ではそこそこの人口が集まっている。
最初は倉庫を建てる際に集まった職人と職人たちへの宿や食事を提供する者たち、それから職人はそのまま造船に携わり、その辺りから商人が少しずつ増え始めた。今では俺の干渉がなくても小規模な倉庫建設や造船は勝手に行われているため、仕事を求めてやってくる者たちもいた。
俺たちはそんな町人たちに迎えられて船を降りる。商人たちは戻って来るなり商談や土産話に花を咲かせていたが、俺はさっさと城に帰った。
「兄上、お久しぶりです。まさかこんなに長引くとは思わず……正直どこまで私がやっていいやら分からず困っておりました」
戻って来るなり留守を預けていた信宗が大量の書類を俺に見せてくる。疲れていたので少し嫌な気持ちになったが、何とかそれを顔に出さないようにする。
「悪いな。だが、おかげで織田家とも顔を繋ぐことが出来た。礼を言う。早速これを何とかするが、明日には主だった者を集めて軍議を開きたい」
「分かりました、集めておきます」
内容としては畿内で見たことの簡単な報告と今後の方針の確認である。
信宗が残していた書類は酒田の商人からの陳情、佐竹家からの友好の書状、新領地での内政状況の報告など多岐に渡った。とはいえ緊急のものは信宗が何らかの判断をしていたようなので、急を要するものは残っていない。
ちなみに酒田は俺がなかなか行くことが出来ないため、ほぼ商人たちの自治区のようになっている。それでも上納金の明細だけは毎月送ってくれているので、商人たちが交易する際に銭で送ってもらっている。たまに人を派遣して明細と実際の収益に隔たりがないかを確認しているが、今のところ大体一致している。
七月十一日 新発田城
俺の帰還と呼び出しに応じて一族や家臣の者たちが集まってくる。信宗を始め、猿橋刑部、高橋掃部助、佐々木晴信、そして本庄秀綱である。今まで秀綱はずっと栃尾城にいたのでこうして会うのは実は初めてである。秀綱も謙信時代からの武将で、歴戦の貫禄がある。
「まずは俺が上洛している間二か月も留守を守ってもらい、ご苦労であった。皆のおかげで安心して上洛出来たので心から礼を言おう。まず俺がいない間に何か変わったことはあったか」
「吉江城の上杉軍と小競り合いが数度あったのみです。お互い、死者は数人程度でした」
「与板城周辺に火を放とうとしたところ小競り合いになり、決着は着きませんでした」
佐々木晴信や本庄秀綱ら前線の城主が報告する。お互い大将がいない戦いということもあって、どれも小競り合いで終わったらしい。
「とりあえず大事はなかったようだな。では俺も向こうであったことの報告を行おう」
俺は旅であったことをかいつまんで報告する。安土城の話をすると皆が首をかしげていて少し反応がおもしろかった。織田信長について話すと「変人だな」という空気になった。実際に安土城や織田家の戦ぶりを見ていなければ信長の言葉を聞いても大言壮語と思うのも無理はないのかもしれない。むしろ、皆武将なだけあって織田家の越中攻めの話が一番食いつきが良かった。
「なるほど、しかし織田家の戦い方は参考になりませんな」
「そんなことはない。もし坂戸城や春日山城を攻めることになれば似たような戦法をとることになるかもしれないぞ」
「何と!」
一同の間にどよめきが広がる。
「現在上杉家は越中で織田軍に釘づけにされている。織田殿もこの機に領地を広げよと言っていた。そのため、俺はついに西に打って出ようと思う」
「おおおお!」
再び一同はどよめく。
「まずは水原城・木場城から撃って出て吉江城を囲む。その後は黒滝城などを落とし、現状孤立している三条城や栃尾城と領地が面で繋がるようにする」
「それはありがたい。安々と落とされぬ自信はあるが、やはり領地は地続きの方がいい」
秀綱はほっとしたように息を吐く。
「確かに今なら上杉にも勝てる」
「上杉め、目に物見せてくれる」
皆の闘志が上がっていくのを見て俺は満足する。武将なら誰だって勝てる戦はしたいものだろう。
「と言う訳で正確な時期は追って沙汰するが、いつでも出陣出来るようおのおの用意を整えておくように。俺は一応色部家や本庄家にも援軍を要請してみる」
「ははっ!」
こうして俺たちはついに西へ打って出ることにしたのである。
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