柴田勝家
光秀に会った後、俺はお供をぞろぞろと引き連れて敦賀に戻ることにした。商人たちはさすがというべきか、南蛮や上方の珍しいものを大量に仕入れて、荷車まで調達して持ち帰っていた。
俺も最後に自分用や雪へのお土産を見繕って買った。自分用というのは別に俺が欲しいという訳ではなく、城にガラス細工などを置いておけば他からの使者を迎えた際に箔がつくからである。いざとなれば軽い手柄に対する恩賞にも使えなくはない。
戻る途中、俺は若狭・北近江を治める丹羽長秀とも会った。長秀もどちらかというと軍事だけでなく内政や人心掌握などに秀でた調整型の武将である。光秀と比べるとよく言えば実直、悪く言えば地味な印象を受けた。安土城の普請なども担当した長秀からは城造りの話なども聞くことが出来た。
そんなこんなを経て、半月ほどの畿内の旅を終えてようやく俺たちは敦賀湊に戻って来た。安土や京のきらびやかな風景に見慣れてしまった俺には敦賀の街は来たときよりもずっと寂れて見えてしまった。
「こうして戻ってくると、京や安土にいたのが一時の夢だったようだ」
「そうね。でもね、ああいうところには一時だけの滞在だからいいと思うわ。ずっといたら頭がおかしくなりそう」
那由が正直な感想を漏らす。確かに越後で育った者はそう思うのも無理はない。俺は苦笑する。
「もし新潟が発展してあのようになったらどうする」
「そうなったら私も覚悟を決めて頭がおかしくなるわ」
頭がおかしいという表現はさておき、確かにある種の才能や能力が必要なのは間違いないだろう。
そんなことを考えつつ、俺たちは帰路についた。行きと同じように金沢や七尾などに寄りつつ、再び富山に戻ってくる。聞くと、俺が上方をうろうろしている間にも柴田勝家が本陣を進めて富山城周辺に来ているという。俺は是非勝家に会いたいと思った。
勝家が席次で言えば織田家の筆頭家老、という事実もあるがそれだけではない。信長が唐入りの存在をほのめかした以上、俺は本能寺の変の発生について干渉はしなくてもいいのではないかと思っていた。史実では本能寺後に柴田勝家が秀吉に敗北し、上杉景勝が息を吹き返したため敗れたが、もし勝家の上杉攻めが史実よりもうまくいけば勝家があっさり秀吉に負けることはないだろう。
仮に上杉家を滅ぼせない状態で本能寺を迎えたとしても、その後の展開について勝家に助言することが出来る立場には出来ればなっておきたい。
そして万一勝家が破れるとしてもそれまでに上杉家の勢力を削っておけば俺は単独で、もしくは繁長らと協力して上杉家を倒すことが出来るかもしれない。
そういう事情もあって俺はぜひとも勝家とは親交を深めておきたかった。富山港に降り立った俺が富山城周辺の織田軍に使者を送ると、なんと富山城を包囲するのは成政から勝家本人に代わっていた。どうも西越中の統治が一段落したので勝家が本陣を進め、成政はそのまま東へ進んだのだという。戦局が安定しているためか、会うのは支障がないとのことだったので俺は富山城周辺へ向かう。
富山城周辺は砦だけでなく柵まで作られており、文字通り蟻の出入りする隙間もない重囲を受けていた。普通砦や柵を築くのは防御側のような気がするが、織田家ではよくあることらしい。光秀や長秀に聞いた話によると、秀吉も三木城や鳥取城などを兵糧攻めにした際は似たような方法をとったらしい。戦が強いわけではなくても経済力で突出している織田家の長所を生かした作戦だろう。
俺は勝家が猛将だという印象があったのでもっと若いものかと思っていたが、すでに五十も後半に差し掛かり、白髪が混じった老将であった。顔や体には無数の古傷があり、これまで幾度も修羅場を潜り抜けてきたことを物語っている。しかし俺の姿を見ると好々爺のような笑顔で出迎えてくれた。
「これはこれは新発田殿、行きの時は出迎え出来ずすまなんだ。陣中ゆえ大したもてなしも出来ぬが」
「こちらこそ忙しい時にわざわざ出迎えてもらってすまない。織田軍の越中攻略の様子はどうだろうか」
「おそらく冬までには富山城を落とし、越中のほとんどは制圧出来るだろう。魚津城・松倉城あたりは来年まで残ってしまうかもしれぬな」
織田軍は圧倒的な経済力で年中戦が出来るのが一つの持ち味ではあるが、北陸では雪があるのでそういう訳にもいかない。慣れない雪の中で戦えば、雪に慣れた越後勢に思わぬ反撃を受ける恐れもある。
「なるほど。順調なようで何よりだ。だが、畿内の方を見てきた限り、織田家の領国拡大の速度は思ったよりも早いようだ」
「そうだな。来年には大規模な武田攻めがあると聞く」
「だからこちらとしてもこれより積極的な攻勢に打って出ようと思う」
さすがに本能寺の変のことは口には出来ないのでこのような言い方になってしまう。
「まことか!? 新発田殿はこれまで攻めてくる上杉軍を打ち払っていたと聞くが、ついに積極攻勢にも出られるのか」
「ああ、織田信長殿にも発破をかけられてな。早く領地を広げておかぬと乱世が終わってしまうぞ、と。それに今なら景勝も越中から動けないだろう」
「違いない。どうやらわしが生きている間にその風景を見ることが出来るようだ」
そう言って勝家は目を細める。俺は後ろめたい気持ちになるが、こればかりはどうしようもない。その後、俺は勝家に戻った後の作戦計画などを話して富山城を離れるのだった。
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