明智光秀

 その後俺たちは村井貞勝の屋敷に滞在しながら、二条城や有名寺社の観光などをして過ごした。商人たちはその間にそれぞれ好き勝手に京都の街をうろうろしていた。観光を楽しむ者、上方風の商売を見学する者、豪商に話を聞こうと試みる者と様々であった。中には視察と称して祇園に繰り出していった者もいたが、無一文になって帰って来た。どこに行こうと勝手だが、問題だけは起こさないで欲しい。


 また、何人かの商人に金を渡して京で起こった出来事を文にして書き溜めてもらうことにした。それを時々敦賀に送ってもらい、船団が敦賀に行ったときに回収することで京の事情が多少はよく分かるというものである。


 数日後、貞勝の館に明智光秀がやってきた。さすがに俺一人のために会いにくるのは難しいとのことだったので、旧幕府奉公衆や山城衆など、光秀の与力となっている者たちに会うついでに寄ってくれるという。


 俺は何となく明智光秀を武将よりは公卿に近い印象の人物かと思っていたが、会ってみるとどちらの印象とも違っていた。特に筋骨隆々としている訳でもなく、見えるところに古傷がたくさんある訳でもない。そして信長のように刺すような威圧感を醸し出している訳でもなく、少しだけ顔立ちが端整なだけの人物であった。

 しかしどういう訳か全く隙がなく、武術の達人が立っているだけでどんな攻撃も受け止めるように、何をされても動じなさそうな風格があった。


「このたびはお忙しい中わざわざお会い頂きありがたい」

「いえ、こちらこそ遠方からわざわざ来て私のような者に会いたいとは恐縮です。そうそう、別件で上様から来た書状にも新発田殿のことは大変褒めておりました。それで私も興味を抱きまして」

「それは良かった。織田殿は底の見えない方ゆえどう思われているか不安であった」

 そこまでは思ってなかったが、俺は適当に謙遜しておく。が、光秀はそんな俺の真意をも見抜いているような気がした。


「時に新発田殿はわざわざ私に会うことを希望されたということは何か聞きたいことでもあるのでしょうか?」

 ちなみにこの場は特に人払いがされている訳ではない。俺や光秀の供もいるし、部屋の側を貞勝の家臣が歩いている可能性もある。とはいえ、いきなり人払いを申し出れば怪しまれるだろう。仕方なく俺は無難な質問から始める。


「明智殿は信長殿が天下をとればどのような世の中になると思いますか?」

 俺の言葉に一瞬、光秀の表情がぴくりと動いたような気がした。が、すぐに光秀は薄い微笑みをたたえた普通の表情に戻る。

「私のような凡人には上様の治める世は想像も尽きませぬな。ただ一つ言及するとすれば、これまでの常識では推し量れないような、全く違う世の中になるでしょう」

 俺は何となく光秀が嘘をついているか、もしくは重要なことを語っていないような気がした。

 あえて理屈をつけるとすれば、今織田家で一番重用されていると言っても過言ではない光秀が信長が治める世を想像出来ないはずはない、というところだろうか。そんなんで今の地位まで登り詰められるとは思えない。


「では質問を変えよう。明智殿は織田殿をどのような方と思っているのか? 俺には底知れぬ方、としか思えぬが……」

「そうですね。あの方は天才ではありますが、同時に勉強家でもあります。革新的とされている政策は実はこれまでの歴史に手がかりがあったというものも多いです。そして、目的を達成するためには何度でも挑み続けるという貪欲さでしょうな」

 確かに貪欲な勉強家というのはある意味最強だろう。しかしそこで俺は信長が言っていた、唐や朝鮮に朝貢させる、という言葉が頭をよぎる。


「では織田殿の最終的な目的というのはどこにあるのだろうか。おそらくただ天下をとるだけならあと数年以内には達成出来るだろう」

「おそらく唐に渡るのでしょうな。そうそう、上様の書状には『おぬしもうかうかしていると唐入りの大将の座を新発田に奪われるぞ』というようなことが書いてありましたな」

 全くそんな座は欲しくないのだが。評価してもらえるのはありがたいが、もっと別なことで還元して欲しい。

「いや、俺ごときがそんな、滅相もない」

 俺は慌てて否定する。光秀も苦笑した。

「これは上様の良くやる方法ですよ。これまではよく羽柴殿と比べられました。羽柴殿もいつも私の名前を出されていたようです」


 とはいえ、信長の言っていることが本当であれば実際に唐入り、そしてその前段階の朝鮮出兵が行われてもおかしくはない。史実の朝鮮出兵は失敗に終わったが、晩年の秀吉は精彩を欠いていた。おそらくはそのときまだ五十代であろう信長が光秀や秀吉、家康といった面々を率いて本気で朝鮮を目指せば失敗するとは言い切れない。


 問題はその際俺が巻き込まれることである。正直、他の武将が朝鮮出兵で疲弊しようがどうでもいいのだが、巻き込まれてはたまらない。莫大な出費がかかる上に朝鮮に領土などもらっても嬉しくない。

 では唐入りとなった場合信長は俺をどうするだろうか。残念ながら、あの信長が有能な人物を手元に置いておくとは思わなかった。そして俺は信長に有能と思われている。大将というのは誇張だろうが、何らかの形で使われるだろう。


「いや、俺は明智殿がふさわしいと思う。異国に攻め入るとなれば様々な困難があるだろうが、それらをどうにか出来るのは苦労人の明智殿だけだ」

 俺の言葉に光秀は一瞬ではあるが、嫌そうな顔をした。

「買い被りですよ。それに、結局は上様本人が総指揮をとるような気がします」

「それはそうだ」

 おそらくこの辺が潮時だったので、俺は適当に笑ってこの話を切り上げた。それから色々信長のことや織田家のことなどを聞いたが、光秀は特に信長に対する不満を漏らすこともなかった。

 とはいえ、俺は光秀がどんな理由で本能寺の変を起こすかはどうでも良かった。それを止めるか止めないかを決めるだけである。

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