土産
俺がいない間の軍事的な安全はある程度確保されたので、次は船の都合をつける。とはいっても、わざわざ俺の移動のために船を出すのも手間なので、商船が若狭まで向かうついでに乗っていくつもりであった。
酒井家を訪ねると、酒井家は今までよりも出入りする人が増えて忙しくなっているようだった。このごろは酒田湊の方でも少しずつ船が増えてきたため、北方と行き来する船も増え、繁盛しているようである。
それでも俺がやってくるとすぐに権兵衛が現れる。俺がそう思うのも変な話だが、忙しいところにやってきてすぐに応対させると何か悪いことをした気持ちになる。
「これは重家様。このたびはご勝利おめでとうございます」
そう言って権兵衛はぺこぺこと頭を下げた。
「向こうが焦っていたから勝てただけだ。最近の調子はどうだ?」
「はい、おかげ様で順調でございます。ただ、蝦夷地の産物などこちらから持っていくものはそこまで高くないものが多く、上方で買うものは高価なものが多いので帰りは船蔵が埋まらないのがもったいないですね」
「それはかなり贅沢な悩みだな」
いっそ金でも持っていくか? と言おうと思ったがこの時代金は佐渡で時々砂金が産出される程度で本格的な掘削は始まっていない。
「おっしゃる通りですが、商人とは贅沢なもので。それで、何か御用でしょうか?」
「次に船を出すのはいつごろだ? その際に俺も一緒に載せてもらおうと思ってな」
「本当ですか!? 一応一週間ほど後を予定しております。正直乗り心地はあまりよろしくないですが……」
権兵衛は船が苦手なのか目を泳がせる。
「そうか……。しかしそれでやめる訳には行かないからな」
「上方の視察か何かでしょうか?」
「それもあるが……織田信長に一度会っておこうと思ってな」
「なるほど。確かに上方の商人たちは皆織田殿のおかげで商売がしやすくなったと言っておりますし、きっと頭のいい方なのでしょう」
やはり商人の評判はいいようだ。
「しかし信長に会うということは、京都まで行くということでしょうか?」
権兵衛はそこに気づいたようである。ちなみに普段の交易では若狭の敦賀湊まで船で向かい、そこで畿内の商人たちと取引するだけである。
そのため、実は京のすぐ近く(敦賀から京だとまだ結構かかるが)まで行きつつも、京を見ずに帰ってくるというある意味辛い旅となっていた。とはいえ敦賀に船を放って京都見物をする訳にもいかなかったらしい。
「その時の織田殿の都合によるが、安土かもしれないな。しかし安土まで行くならやはり京は見ておきたい」
そこまで行くなら堺まで行きたいような気もするが、さすがにそこまでゆっくりするのは気が咎める。領地を空けるのも不安だし、船をずっと待たせるのも悪いというのもある。
「でしたら是非那由を同行させてもらえないでしょうか。親としても一商人としても色んなところを見せてやりたいので」
なるほど、それは確かにそうだ。
「供の中に紛れ込ませるぐらいは出来るが、おぬしはいいのか?」
「私が行ったら他の者たちも皆押しかけますよ。それに、やはり敦賀での売り買いは自分でしたいですし」
おそらく、権兵衛らが敦賀で取引している間に俺が安土や京を回るという流れになるだろう。それでも多少は待たせることになるだろうが。
「それはそうだ」
と言いつつも、贔屓にならないようにするには、他の商家からも一人か二人ずつぐらいは京まで同行させた方がいいのだろうか。
「一応、他の者たちにも京都について行かせたい者がいないか聞いておいてくれ」
「分かりました」
それぞれの商人が一人ずつでも派遣したら大人数になるなと思ったが、大集団になるのも悪くはないかと思うのであった。
さて、残った時間で俺は雪に会いに行くことにした。領地が平和になればいくらでも会いに行くことが出来るとは思いつつ、結局何やかんややることがあってそんなに会えていない。コシヒカリの生産や農具の配布も順調に進んでいるため、特に会いにいく用がなかったと言える。
農村地帯へ向かっていくと、田植え前の田起こしの時期であった。農民たちはせっせと田に出て土を耕している。そんな中を抜けて俺は小路家に向かう。雪はというと、裏の畑で苗代の世話をしていた。
「元気だったか?」
俺がやってくると、雪は作業の手を止めてこちらを振り返る。そして花が咲いたようにぱっと笑顔を浮かべた。
「はい、私はいつも元気ですよ。重家様は今回も大勝利と聞きましたが、しばらくは平和になるのでしょうか?」
「そうだろうな」
「それならしばらくは領地の方にもいられるということですね?」
もっと会えるのですか、と聞かれているようでそれを言われると胸が痛む。
「実はこのたび京の方に行くことになってな」
「へ? 京ってあの京ですか?」
雪はやや間の抜けた声を上げた。まあそういう反応になるよな。
「そうだ。もうすぐ越後にも織田信長というやつがやってくるからその前に一度会っておかなければならない」
「織田……重家様と同盟を結んでいる方でしたっけ?」
まあ農家の娘だとその程度の認識だろう。
「そうだ。そう言えばコシヒカリの味は絶賛していたらしいぞ」
「それは良かったです」
とはいえ顔も知らない人に絶賛されても、という気持ちが顔に表れていた。しかも伝聞の伝聞だし、俺でもそう思うだろう。
「どのくらいになるのでしょうか?」
「どうだろうな、行って帰ってくるまで二か月ぐらいはかかるかもしれない」
「それは寂しくなりますね」
雪は心底寂しそうに眼を伏せた。少し心が痛んだので話題を変える。
「そう言えば雪は何か欲しいものはないか?」
「もしかして上方の物でしょうか!?」
途端に彼女の目が輝く。
「そうだ、あまり大きい物でなければ買ってくることも出来るかもしれぬ」
「でしたら……やはり織物がいいです! 京の織物はこちらでは見ないような絢爛なものと聞きます!」
「織物か……」
自慢ではないが俺は女性のファッションには詳しくない。戦国時代の女性となればなおさらである。しかも同行する者は誰も雪の容姿など知らないが、俺が見繕わないといけないのか。
そんな俺の表情の変化を察した雪はしまった、という顔をする。
「もし難しそうなら硝子というものが欲しいです! 話には聞いたことがありますが、やはり実際には見てみたいです! すごいきらきらしていると聞きました!」
ガラスがありがたがられていることに多少の違和感はあるが、それで喜んでくれるというのならば世話はない。
「分かった。ならば見繕っておこう」
やはりこの時代の越後の人にとって京に行くというのは一大事なのだな、と俺は改めて実感するのだった。
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