佐々成政
五月七日 新潟港
諸々の準備を終えた俺たちは船に乗るべく港に集まっていた。俺が連れていくのは矢五郎ら小姓含む十人ほどで、人数のほとんどは商人の一行と船員であった。毎度のことながら見送りにはたくさんの人が来ていたが、今回は俺も行くということで特にたくさんの人が来ていた。
沖には巨大な船が五艘停泊しており、俺たちは小舟でそこに乗り込む。この時代の船に乗るのは川を渡る際などを除けば初めてだったが、思ったよりも悪かった。小舟は重心を傾けるだけでひっくり返りそう(実際にそんなことはないが)だし、大船に乗り移ってもかなり揺れる。
馬も乗り心地はかなり悪いが、転生した体が乗り慣れていたためそこまで不快感は感じなかった。しかし船は慣れていなかったこともあってすぐに吐きそうになった。
「そう言えば皆は船に乗っている間何をしているんだ?」
俺は必死で気持ち悪いのを隠しながら那由に尋ねる。
「溜まった帳簿の記載などを行うこともあるけど、資料とかないからあまり進まないし……読書が多い気がする」
「よく読めるな」
つい本音が出た。
「人にもよるけど帳簿の勉強をする者も多いわ」
「なるほど。俺は景色でも見てくる」
結局俺は一日の大部分を甲板で景色を見ながら過ごすことになった。
数日後、俺たちは富山港に寄港することになった。単に水や食料を補給するというだけでなく、織田方に兵糧を売るためという。織田家としても、加賀・能登からいちいち兵糧を運ぶよりは多少値が張っても、船で運ばれてくる兵糧を買う方が楽という事情があるのだろう。
とはいえ、主目的は畿内との貿易なので船の余った蔵に積んでいる程度であまり量はないが。
富山港に船が止まると俺は心底ほっとした。ようやく揺れと無縁な休息がとれる。富山に降り立つと、佐々成政の手勢が待機していた。現在越中では織田軍と上杉軍の戦いの最中であり、商人はともかく俺は上杉方に襲われる可能性がゼロではない。
「これは新発田殿、よう来られました」
俺が陸に降り立つと佐々平左衛門が手勢を連れて出迎えた。
「旅はまだ始まったばかりだがな」
俺は苦笑する。平左衛門も俺の顔色が青いのを見てとって苦笑した。もっとも、彼らは船には乗らないだろうが。
「では参りましょう」
俺は平左衛門に続いて富山港から富山城周辺に向かう。現在そこには佐々成政が陣を敷いて城を包囲している。聞いたところでは富山城には河田長親・山本寺孝長ら四千ほどの上杉軍が籠り、力攻めによる早期攻略は難しいと判断した織田軍は佐々成政が包囲のみを行い、残りの兵力で越中の西部・南部を平定中とのことだった。上杉景勝は救援軍を出したものの、南部を席巻している佐久間盛政の軍勢に阻まれて富山城に近づくことすら出来ないという。
柴田勝家は西部の増山城にて総指揮をとりつつ早くも占領体制を整えていた。会えないのは残念だったが、今会ってもそんなに話すことはないような気もする。
半日ほど歩くと、富山城が見えてきた。経済力があると評判の織田家だけあって、城周辺には五つの砦を築き、水も漏らさぬ監視体制を築いている。城一つ攻略するのに五つもの砦を築くという方策には感服するしかない。
俺はそんな佐々軍の中を平左衛門の案内で歩いていく。見たところ織田軍の兵士たちは越後兵に比べて規律がよく守られていた。また、鉄砲の保有率が高い。体格や気配から察するに、個人的な武勇なら越後兵に圧倒的な分があるだろうが、戦って勝てるかと言えば別問題だった。
「おお、新発田殿。会えて良かった」
四十代前半の成政は織田家の中では最も勇猛と言われる柴田勝家の軍団に配属され、数々の武功を挙げたというだけあり、古強者の風格を漂わせていた。肉体的な屈強さはもちろん、自信に裏打ちされたと思われる見る者を射すくめるような雰囲気を醸し出している。
が、俺の顔を見ると無邪気な笑みを浮かべて歓迎してくれる。
「武名はかねがね聞いているが、お初にお目にかかる。しかしこの包囲網はさすがだな。これでは兵糧がなくなるのを待つしかないだろう」
「この城さえ落ちれば越中平定も間近だろう。上杉は越中の軍勢をここに集めたようだが、かえって手間が省けたと言える」
そう言って成政は豪快に笑った。
「やはり織田軍は強いな。強さの秘訣は経済力だろうか」
「そうだな。金さえあれば負けても負けても軍を起こすことは出来る。最近は兵士が弱くても金で鉄砲を買いあされば野戦では負けないということも分かった」
おそらく長篠の戦いのことだろう。
「やはりそうか。俺もせいぜい商業に励むとしよう」
「新発田殿は我らが三万の兵で戦っている上杉軍に三千で勝利したと聞く。それで言えば我らの十倍強いではないか」
「佐々殿は戦上手なだけでなく、褒め上手でもあるな」
そして俺たちは笑い合う。
「陣中ゆえ大したもてなしも出来ぬが、ゆるりとしていかれよ」
この日は富山で一泊することになっており(というか俺が頼んでそうしてもらった)、その夜俺たちは主に上杉家についての情報を交換した。お互い優勢ということもあって、基本的には酒を飲み交わしながらの明るい雑談が続いたが、戦局の話をしていると不意に成政の顔が真剣になる。
「時に新発田殿は上杉は講和を申し出てくると思うか」
「そうはならないような気がする」
本能寺の変の直前、史実の上杉家は滅亡寸前の危機を迎えていたが講和の動きはなかったと思う。
「そうか。勝てるのは勝てるだろうが、そうなると骨が折れるな。出来れば先に上杉を降し、信忠様の武田攻めを援護したかったが」
確かに上杉が降れば越後からも武田領に攻め込むことは出来る。もっとも、史実では先に武田が滅びたが。織田家は天下取りまっしぐらとはいえ、生存すればいい俺たちとは違った悩みがあるらしかった。
翌日、俺は成政の軍勢を見学して船に戻った。相変わらず船の揺れは不快だったが、少しだけ慣れた。
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