死闘

 この戦いで雌雄を決さんとしてくる上杉軍は怒涛の勢いでこちらへ迫ってくる。

「鉄砲隊構え、弓隊、鉄砲隊の後ろから援護せよ」

 鉄砲隊は最前列で膝をつき、迫りくる敵軍に照準を合わせる。その後ろに弓兵が布陣して、ぱらぱらと矢を射る。ばたばたと敵軍は倒れるが、それで進撃がやむことはない。

 上杉軍は押し寄せる津波のように眼前に迫ってくる。

「まだ撃つな、もっと引き付けて……撃て!」


 ドドーン!


 上杉軍が十数メートルほどに迫ったところで鉄砲が一斉に火を噴いた。耳をつんざくような轟音とともに五百挺の弾丸が一斉に飛んでいき、目前に迫った敵兵をばたばたと倒した。最前列の兵士たちが突然全滅に近い状態になり、次列の兵士たちは何が起こったのか分からずに呆然とする。おそらく越後の戦でここまでの鉄砲が同時に使われたのは初めてではないか。ここで立て直す間をあけてはならない。


「突撃!」

 発砲した兵士たちは鉄砲を捨てると槍をとって呆然としている敵軍に突っ込んでいく。たちまち斬り合いになったが轟音と一瞬の惨劇にひるんだ上杉軍は心理的に後れをとっていた。何とか応戦するもののいつもの精強さはない。


 一方、俺は後詰の兵一千ほどを率いて前線を迂回し、上杉軍の側面へ向かった。普通の野戦では迂回攻撃したところで敵軍も同じように後詰の兵士が出てきて応戦するだけなのであまり意味はないのだが、今回は前線が混乱しているためか、対応が遅れた。


「突撃! 今なら敵軍は混乱している! 手柄を挙げ放題ぞ!」

 ここまでは苦戦が続いたこともあって兵士たちはこの状況に奮い立った。一方の上杉軍は前線の援護に手いっぱいでこちらへの応戦が間に合わない。そこに突撃を受けてたちまち大混乱に陥った。


「慌てるな、まだ兵力では互角。立て直すことは出来る」

 前線では老将吉江宗信が兵士たちを鼓舞して懸命に陣を持ち直そうとしていたが、いかんせん鉄砲隊の一斉射撃で吉江隊の半数ほどが一度に死傷したため、かえって孤軍となった。吉江隊が立て直している間に新発田軍は次々と上杉本隊に斬り込んでいく。前方からの攻撃と側面からの攻撃を受けた上杉本隊は持ち直す間もなく乱れていく。


「おのれ重家め……織田から買った鉄砲をこれみよがしに使いおって……馬を引け」

 本陣にて景勝は珍しく怒気を露わにしていた。織田軍が越中に迫っている以上是が非でもここで勝利しておかなければならない。それなのに動揺して混乱している味方も、よりにもよって織田家から買ったと思われる鉄砲により苦戦している事実も許せなかった。

「景勝様、どうなされるおつもりですか」

 本陣にいた安田能元が困惑する。

「決まっている。わしが出陣して兵士を立て直す」

「何をなされるおつもりですか! ここで兵を立て直したとしてもこれ以上損害を増やせば織田家との戦はどうなるのですか!」

「どの道ここで負ければ同じこと」

 それはそうかもしれないが……しかし能元に景勝を止めることは出来ない。せめて兼続でもいれば止めてくれるのだろうが、ここで兵力を分散したのが仇となった。

「仕方ない、今すぐ吉江殿にこのことを知らせよ!」

 仕方なく能元は景勝についていくことにする。


「大変です吉江殿、景勝様が自ら出陣なされました」

「何?」

 知らせを聞いた吉江宗信は目を見開いた。しかし使者の狼狽した様子を見るにどうも事実ではあるらしい。

「くそ、もう少し若ければ敵軍を追い散らしたものを……」

 宗信は唇をかんで悔しがるがどうにもならない。それより問題は景勝である。今の上杉家には景勝以外当主になることが出来る人物はいない。それに謙信が築き上げた上杉家はここで賭けに載せるには大きすぎる存在だった。

「景資、ここは任せた。わしは景勝様を守って撤退する。上杉本隊が退却したところでそなたも撤退せよ」

「分かりました!」

 嫡男の景資もすでに五十四。すでに老齢であった。


 宗信は馬を引くと、景勝を探して戦場を疾駆する。そこかしこで敵味方で入り乱れる乱戦となっていたが、景勝がいる場所はすぐに分かった。新発田軍の兵士が群がり、重囲を受ける形になっていたからである。確かに景勝に新発田軍が集中したためその他の戦場では多少持ち直す形にはなっていたが、これで景勝が討ち死にしては元も子もない。


 宗信は槍をとって奮戦している景勝を見るとすぐに馬を寄せる。

「景勝様! 何をしていらっしゃるのですか!」

「こんなところで負ける訳にはいかぬ」

「景勝様の身に何かあっては上杉家はおしまいです! 放生橋のことをお忘れですか!」

 放生橋の戦いでは傷を負った景勝は討ち死にの危険にさらされていた。すでに七十六になる宗信に鬼気迫る様相で迫られるとさすがの景勝も何も言い返せなかった。

「ここはそれがしが引き受けます。景勝様は越中救援の準備を」

 話している間にも景勝の首目当ての兵士が続々と押し寄せてくる。

「ありがとうございます、吉江殿」

 そこへ宗信に使者を送った安田能元が現れる。能元も宗信とともに戦おうとしているのを見て宗信は一喝する。

「そなたは景勝様を守って撤退せよ! この戦が終わりではないぞ!」

「はい!」


「重家様、どうも景勝が前線に出たようです」

「奴も好きだな。しかしそれならやはり俺も出なければならないようだ」

 すでに敵軍に斬り込んではいたが、優勢ということもあって直接俺が敵兵と斬り合っていた訳ではなかった。

「景勝はどこだ」

「あちらです」

 確かに兵士が指さした方角はやたら人口密度が高い。こちらは景勝を討つために、敵は守るためにそれぞれ集まっているのだろう。

「景勝覚悟!」

 俺がそちらに向かうと、遠くで景勝の馬印が退いていくのが見えた。激戦地の中心では敵将吉江宗信が上杉兵を率いて奮戦している。

「遅かったか……だが景勝が退いた以上もはや上杉軍は終わりだ。吉江宗信を討ち取った者には褒賞は思いのままだ!」

「おおおおおおっ!」

 俺の檄を受けて景勝に群がっていた兵士たちは宗信に殺到する。老齢の宗信にとってすでに捌ききれる数ではなくなっていた。

「本来なら腹を切って首を渡さぬところだが……少しでも長くここで敵兵を足止めするのが我が役目……っ」


 その後さらに数十分ほど宗信は残った兵士とともに奮戦した。最終的に敵軍が壊滅したときには、宗信は数本の槍を受けて立ったまま絶命していた。見たことはないが、まるで弁慶の立ち往生を見せられたかのようだった。

 宗信の奮戦は混乱する上杉家の最後の抵抗だったようで、宗信が討ち死にすると上杉軍はほとんどが討ち死にか逃走に移っていた。何とか隊を立て直した吉江景資もさっさと兵をまとめて居城に帰っている。

「何はともあれ、勝鬨を挙げるぞ!」

 上杉軍が退いた後の戦場に新発田軍の勝鬨が響き渡るのであった。

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