誘い出し

三月十一日 水原城近辺

「申し上げます! 昨日、上杉軍の攻撃を受けて木場城、落城しました」

 木場城に向かう途中、一人の兵士がこちらに向かって走ってくるのに出会った。元々木場城は平城で特に大きな城でもない。入っていた兵も五百ほどだった。最悪落ちても仕方ないとは思っていたが、実際に落ちたという報告を受けるとやはり堪える。

「落ちたのは何時頃だ」

「昨日の昼頃でした」

 兵士が答える。


「まずいな。昼頃に落ちたのであれば昨日のうちに水原城に到達していてもおかしくはないか。とりあえず水原城に進路を変更する。水原城に物見を出せ」

「はいっ」

 兵士のうち数人が水原城に向かう。すでに近くまで来ていたこともあって、水原城に向かった物見はすぐに戻って来た。

「水原城、すでに上杉軍の猛攻を受けております! 上杉本隊に吉江城の兵力も合わせて四千は下らないようです!」

「やはりか……急ぐしかないな」


 俺たちが水原城に急行すると、城を包囲していた上杉軍は潮が引くように退いていった。城攻めをしている後ろから攻撃されるのを恐れたためだろう。こちらの兵力は三千で、城にいるのは五百ほど。合わせても上杉軍の兵力には及ばないので俺は素直に水原城に入城した。


 直前まで猛攻を受けていた水原城は城壁のあちこちが破損しており、敵味方の兵士がそこかしこに倒れている。城中も本丸以外は突破された形跡があり、あと少し到着が遅れていれば危ないところだった。

「このたびは城を守り切れず面目ありません」

 木場城を守っていた佐々木晴信が頭を下げる。落城後、水原城を守る部隊に合流していたようだ。

「仕方ない、こちらがもっと早く笹岡城を落とせていれば良かったのだが。しかし上杉の様子は妙だな。てっきり決戦を挑んでくるものかと思ったが」


 上杉軍は現在、水原城の近くで陣を構えている。城を包囲しているというほどではないが、もし俺が城を出ればすぐにでも城に攻撃してきそうな気配であった。

「はい、先ほどまでは火が出るような勢いで城に攻めて来ていましたが」

 水原城を守っていた高橋掃部助も首をかしげる。織田軍が迫っている以上上杉軍としては短期決戦を求めてくるものかと思っていたが。


「何か相手のいいように動いている気がして嫌だが、ここは上杉とにらみ合って待ってみるか?」

 織田軍が越中に迫っている以上睨み合いになればこちらが有利になるはずである。ちなみに会津戦線は、蘆名家は大兵力で赤谷城に攻め込み色部長実が迎え撃っているという状況である。細かい戦況は不明だが、仮に赤谷城が落ちたとしても蘆名はそのまま色部領に攻め込むだろう。

 一方、三条城・栃尾城方面は与板城の直江兼続が牽制しているものの、包囲するほどの余力はないらしい。わざわざ五十公野信宗に守らせているだけはあり、敵も容易に手が出せないようである。

「それが一番でしょう。上杉が退いていった後にこそ、放生橋の二の舞にしてやりましょう」

 家臣たちもそう言って頷く。


 翌日。依然として前方に布陣している上杉軍に動きはないが、笹岡城の上杉軍を警戒していた山田源八郎より使者が来る。

「笹岡城監視隊、昨夜夜陰に紛れて城を抜け出した上杉軍の攻撃を受けております」

 なるほど、そちらか。俺が何度か上杉軍を撃退しているためか、景勝は兵力勝っていても俺との決戦よりも、俺がいない部隊との決戦を選んだらしい。

「戦況はどうだ?」

「今のところ互角ですが、敵方の攻撃が激しく……」

 兵士は遠回しに苦戦していることを告げる。確かに兵力が互角であれば、笹岡城にいる敵兵が精鋭である以上、負けることはある。笹岡城包囲の兵が負ければ、かなり状況は不利になるが……。そこで俺はふと考える。


 そもそも今回上杉相手に不利な戦いを強いられているのは戦線が伸びているからである。三条城・木場城・水原城にそれぞれ守りの兵を置き、笹岡城にも監視の兵を残さなければならない。

 そして俺個人は景勝に武勇で劣っているとは思っていないが、家臣たちで言えば謙信以来の家臣が残っている敵方に分がある。そのため、戦線が広がると必然的にこちらが不利になるという訳である。


「いっそ城を捨てるか。よし、城を放棄して全軍で撤退する」

「……え?」

 俺の言葉に城将の高橋掃部助は首をかしげる。

「そうだな、我らは笹岡城の上杉軍の出撃と蘆名軍が思いのほか数が多かったことに慌てふためいて城を捨てたことにしよう」

「なるほど、上杉軍を誘い出すと言う訳ですね」

「そうだ、仮に誘い出されなかったとしてもそのうち越中に帰っていくだろうからな。問題は、あまり露骨にやるとばれる以上、兵士たちには意図は伏せておくように」

「かしこまりました」

 その日、兵士たちの間には意図的に噂が流された。山を越えてきた蘆名軍一万が赤谷城を落として勢いで新発田城になだれ込みそうであるというものである。そのため、新発田軍の兵士は武器や兵糧も放り出して退却の準備を始めた。


「危なかったな。もし上杉の複数方面作戦が新潟や新発田に及んでいればこんなに簡単に放棄することは出来なかった」

 場合によっては新潟か新発田にくぎ付けにされてその間に各地に分散した兵力を各個撃破されるという可能性もなくはなかった。とはいえ、それをさせなかったのもこちらの実力である。俺は出来るだけ這う這うの体に見えるような雰囲気で水原城から撤退していく。


 すると。誘いに乗るかのように上杉軍がこちらに向かってきた。一応がら空きの水原城を餌として置いているのだが、景勝はそれには目もくれずに俺の本隊を追撃に来る。むしろ水原城を拾ってくれればその分の兵力が分散するのでありがたかったぐらいだ。

 景勝としても越中に反転する前に完膚なきまでにこちらを叩き潰さないといけないという焦りがあるのだろう。


「かかったな」

 こちらの兵力は三千五百、上杉軍は四千。兵力は敵の方が多く、追っているという心理的有利もある。しかしこの辺りは今はこちらの領内となっており、地の利はこちらにある。何より、勢いに任せて突っ込んでくる敵兵というのは鉄砲隊の的として最適である。

「全軍、迎撃準備!」

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