休戦

正月十五日 木場城

 その後上杉景勝は四千の兵を率いて木場城へ向けて出陣した。俺は三千の兵を率いて木場城に入城する。兵力を集めておけば有利な条件で和議を結ぶことが出来るという目論見はある。そして色部長実も和議の仲介をするために単身同行していた。景勝の方も戦意は薄いのか、距離を置いたところに布陣した。やがて白旗を掲げた一行がこちらへ向けて歩いて来る。

「とりあえず交渉する気はあるようだな」

 俺は使者を迎えるよう指示する。



 現れたのは斎藤朝信だった。謙信時代からの旗本で度々の関東出兵にも同行した、武勇に優れている名将である。とはいえすでに五十を超えており、白髪や古傷が目立った。来たのが兼続でなかったのは毛利秀広事件が影響しているのかもしれない。

「これは新発田殿、久しぶりですな」

 朝信と会ったのは御館の乱の最中、春日山にいたときに少しだけだった。すでに槍をとって戦場を駆けるという年齢でもなく、槍働きが見れなかったのが残念だった。

「斎藤殿も息災のようで何より」

「本日はわしの呼びかけに応じていただきかたじけない」

 長実が軽く頭を下げる。型通りのあいさつも終わり、話し合いが始まる。

「まずお互いの立場として、重家殿は出羽情勢が緊迫しており、上杉家は連戦で兵が疲弊している。そのためお互い出来れば戦いたくないというところがある」

 俺たちは相槌も頷くこともせずに聞いている。

「とはいえ、上杉としては重家殿がこちらに来ている間に勝手なことをしている本庄殿を攻めたいと考えているのも事実。重家殿を討伐するどころか手を結んで出羽に進出するなど言語道断ということではあろう」

「そうだな。それに鮎川殿も本庄殿の寝首を掻く機会をうかがっていよう」

 御館の乱では景勝に敵対した鮎川盛長だが、本庄繁長が上杉から独立の動きを見せると途端に上杉に味方するかもしれないというのは皮肉な話である。


「そのため、新発田殿から多少の譲歩をした上で停戦ということにしたい。という訳で期間と割譲領地を決めようではないか」

 長実が話を進める。

「ではこちらから提案がある。期間は三か月、割譲するのは三条城ということにしてもらいたい」

 朝信は事前に指示を受けていたのだろう、長実の言葉を受けてすぐに述べた。なるほど、三条城か。俺の直轄領ではないし、現在の領地からも孤立した位置にあるので受け入れやすいところではある。その代わり、期間は三か月と短めであった。

 いや、そうか。上杉が三条城を得れば近所にある栃尾城の本庄秀綱が孤立する。俺と和睦してその間に秀綱を攻めると言うのか。

「なるほど、栃尾城か」

「そうだ。本庄秀綱殿を攻める分には和睦に反しないだろう」

「それはそうだ」


 となるとこの和睦は蘆名家との関係を悪くする可能性がある。しかし俺の記憶だと、蘆名家の全盛期を築いた盛氏はもうすぐ死ぬ。盛隆の代には蘆名家中は大分荒れていた気がするし、もはや蘆名は頼りにならないか。

 本庄秀綱を見捨てるのは悪いが、御館の乱では敵対した仲なのでそこまでの感傷はない。それに出羽情勢が片付けば本庄繁長は俺の味方になるはずである。そうなれば今後背後を気にすることなく上杉家と向き合うことが出来て悪くはない。出羽が片付いた後も栃尾城が残っていれば救援してやろう。


「分かった。そちらの条件は飲もう。その代わり人質を出してもらおう」

「なるほど。それはあまり考慮していなかったな。だが知っての通り景勝殿には身内がいない。出すとすれば直江殿の身内ということか?」

「そうだな」

 というか兼続以外はそんなに疑ってないからな。

「それについてはわしからも依頼しよう。もし交換の形にした方がよいとのことであればわしが出しても良い」

 長実も思わぬ助け船を出してくれる。長実としても俺や繁長と戦うのは避けたかったのだろう。

「しかし色部殿……いや、いいか」

 朝信が一瞬不安げに長実を見たが、すぐに口をつぐんだ。長実がこの和議を成立させようとしていることに疑問を持ったのだろうか。あまり言うべきことではないと思い直したのかもしれない。


 その後交渉は呆気ないほどすんなりと進んだ。景勝は本庄秀綱、俺は東禅寺義長とそれぞれ戦いたい相手が他にいたからだろう。兼続も長実も子供がなかったため、お互いの妹がそれぞれの家に人質に出されている。


 俺が三条城から兵を引きあげると景勝はそのまま兵力を三条城と栃尾城に向けた。俺は秀綱に今回の和睦の件と、もし出羽が片付けば栃尾城を囲む上杉軍を攻撃する旨を伝えた。籠城は援軍の可能性があるかないかで士気が変わるためである。


 また、俺は事の次第を繁長にも報告した。恩を売りつけたいという気持ちもあったが、出来れば東禅寺義長との決着を早々につけたかったのである。

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