尾浦城の戦い
三月一日 大宝寺城
「何、ついに本庄繁長が尾浦城を離れただと!?」
東禅寺義長は大宝寺城でその知らせを聞いて思わず膝を打った。昨年大宝寺義氏を打倒して以来、繁長はずっと尾浦城に居座って義勝を補佐するという名目で大宝寺家を牛耳っていた。しかし繁長さえいなくなれば義勝は八歳の子供であり、邪魔者はいない。
思えばこの半年ほどはずっと我慢の連続であった。当初の繁長の話では義氏を除けば大宝寺家は義長のものになるかのような物言いだった。それが蓋を開けてみればこれである。しかも新発田重家は繁長と結んで嫌がらせをしているのか、酒田の税を徴収しなくなった。
それでも彼らは所詮越後の者である。時が経てば揚北に帰るだろうと義長は耐えた。尾浦城の反義勝派の者たちと接触し、鮭延秀綱らにも中立をとりつけた。彼らは目下のところ最上義光との戦いに備えており、こちらには介入してこないだろう。
「はい、一千の兵とともについに領地に戻っていくようでございます」
「よし、ただちに出陣の準備だ。とはいえ一応繁長が十分に遠ざかってからの方がいいだろう」
尾浦城には義勝派の者がいる以上無血開城とはいかないだろう。戦になっている間に戻って来た繁長に背後を突かれるというのが一番良くない。
翌日。軍備を整えた義長の前に再び物見が現れる。
「本庄繁長の軍勢、無事越後へ帰還しました」
「よし、ただちに尾浦城へ出陣する! 幼君を操ってほしいままに政を為す本庄派の重臣を討ち果たすのだ!」
「おおおおおおお!」
兵士たちも義長の檄に奮い立つ。ちなみに義勝を立てたことについては義長も参加した会談で決めたことなので容易に覆すことは出来なかった。そのため大義名分はあくまで本庄繁長とその派閥の排斥ということになる。
ちなみに大宝寺家の内情としては来次氏秀、阿部良輝ら謀叛を起こした義長への反発や家の維持のため繁長についている者たちと、池田盛周ら越後衆の支配を嫌って義長に通じる者たちに分かれており、どちらも本当の意味で支持されている訳ではない。
義長が二千の兵を率いて尾浦城へ現れると、尾浦城の城門は固く閉ざされていた。繁長の兵が帰ったとはいえ、大宝寺家の兵力が二千ほどはいる。本来城攻めは三倍の兵力を持って互角と言われるが、義長は城内の何人かの者と内通の約束をとりつけていた。
「他国者の支配に甘んじるとは愚かな。突撃!」
義長の号令で東禅寺軍が尾浦城へ殺到する。山の中に築かれた天然の要害である尾浦城は、本来攻めようとすれば峻険な斜面の上から銃撃を受けるなど苦戦を強いられるはずであった。しかし城兵の戦意が薄いのか東禅寺軍はすぐに城壁へたどり着く。
「やはり繁長に人望などないようだな」
自分のことは棚に上げて義長は嘲笑う。そして池田盛周が守っている西門へと兵を向けた。義長が兵を向けるが矢玉は飛んでこず、無言のまま門が開く。義長は内通がばれていなかったことに安堵しつつ城内へ乗り込む。
「突撃!」
その辺にいた城兵は池田盛周の息がかかった者たちだったのだろう、義長の突撃に適当に逃げ散っていく。
が、そこへ城内から一手を率いて現れた者がいた。見間違えかとも思ったが義長にとって最も憎いその人物を見間違えるはずがない。
「本庄繁長……何でここに!?」
「影武者に兵を率いさせて帰しただけだ、愚かな……と言いたいところだがこうも内通者だらけとはな。誤算だった」
当然ではあるが出羽の者たちは本庄繁長の顔をあまり見たことがない。見間違えても不自然ではなかった。それに兵力を帰したとはいえ繁長が留まっていれば大宝寺の兵はある程度繁長に従うだろう。
だが義長はとっさに考える。兵力はお互いほぼ二千ずつ。相手には城の利があるが、すでに城内には侵入し、しかも相手方の池田盛周は裏切っている。それならば勝てる。
「愚かな。素直に越後に帰っていれば死なずとも済んだものを」
「くそ! 者共! このような裏切者を許しておけるのか!」
繁長がしきりに檄を飛ばすものの大宝寺兵の士気はあまり高くない。対する東禅寺軍は勝てば大宝寺家を手に入れて恩賞も思いのままであり、士気は高い。
「このまま押しつぶせ! 二度と越後の者を出羽に入れるな!」
「くそ! 義長め、勝負しろ!」
繁長は必死で槍を振るうものの優勢は覆らない。繁長の武勇を耳にしていた義長はあえて危険は冒さず、兵力で押しつぶすことにした。
「これで勝つのも時間の問題だな」
そう思った時だった。突然血相を変えた物見が本陣に駆け込んでくる。
「どうした」
「申し上げます! 突然我らの後方から新発田軍が現れました!」
「そんな訳ないだろう、敵の策ではないか」
義長は一笑に付した。新発田重家が兵を率いて帰国したのは確認済みである。当然それ以後陸路を通ってこれば、義長の耳に入らないはずはない。繁長が新発田家の旗指物などで偽装していると考える方が自然であった。しかし。
振り向いた義長が城下を見渡すと、わずか三百ほどの軍勢ながら敵兵は東禅寺軍に突入すると一方的に押している。とても町人らに旗を持たせて偽装させただけの兵士ではない。なぜだ、と考えた義長は思い至った。
「海路か……」
新発田重家は自領の新潟と酒田で交易を盛んに行っており、最近建造した大船も何度か行き来していた。こうも鮮やかに奇襲をかけられては退くしかない。
「くそ、退却だ! 兵を退け!」
義長はやむなく撤退に移った。
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