酒田湊 Ⅲ

「さて、再び皆の者に集まってもらってありがたく思う。前回の会合で聞いた問題点や、その他俺がこうしたらいいと思うことなどをまとめた」

 俺の言葉に一同に緊張が走る。前回の会合で俺が突っ込んだことを聞き込みしていたという話が広まったためか、前回いなかったた者も何人か増えていた。それについては喜ばしいことだ。

「まず前回あった役人への賄賂だが、これを禁止することは不可能である。だが、人を雇って嫌がらせするなど他人の商売への不当な妨害や新規出店の妨害などは禁止することにした」

 賄賂は禁止されなくても、それによって得られる行為をある程度禁止すれば抑止出来るだろう。俺の言葉に何か言うものはいなかった。まあここで異論を唱えれば「自分は妨害したいです」て言うようなものだからな。


「もし妨害を受けた者がいれば申し出るように。次に、皆から徴収されていた上納金を半年の間廃止する」

「何だと……」

 俺の言葉にどよめきが走る。言ってみれば半年の間税を払わなくてもいいということだからな。ここまで来ると嬉しいというよりは俺の意図を勘繰りたくもなるかもしれない。初めて話した時は那由も驚いていた。


「恐れながら理由をおうかがいしてもいいでしょうか」

 永田作介が皆の疑問を代表して手を挙げる。

「当然いきなりこんなことを言っても疑問に思う者もいるだろう。最大の理由は俺はこの地の支配権をもらったが、収入の半分を東禅寺殿と折半することになった。俺としては俺が一の金を得るためにおぬしらに二倍の金を納めさせるのが心苦しくてな」

 俺の言葉に再びどよめきが走る。素直にありがたいという声、そんなことをしても東禅寺義長は怒らないかと心配する声。そうは言っても結局金は必要になるのではという声。


「ですが、もし今後金が足りなくなって臨時で徴収されるぐらいでしたらあらかじめある程度払っておいた方がこちらとしても都合がいいのですが」

 再び作介が口を開く。中には「せっかく税がなくなるのに余計なことを言うな」と視線を飛ばす者もいた。

「それは問題ない。少なくとも半年間は自分たちの商売に専念してもらいたい。それと関連して、船や倉庫、仕入れなどで元手が入用な者に金を貸そうと思う」

 再びざわめく商人たち。


「恐れながら新発田様はかなり裕福なのでございますね」

 またまた永田作介が皆の感想を代弁する。

「まあな。だがそれは領地の商業や農業を発展させたからだ。だからここでも皆とともに豊かになりたいと思う」

 ちなみに、今回の戦では本庄繁長に乗っかることで兵力を節約しているという事情もあったりする。本来ならこんなことを言ってもただのきれいごとと思われるだろうが、税をなくすということ、金を貸すということなども合わさって評判は上々のようだった。これで掴みはひとまずうまくいった。


「金貸しに専用の窓口を用意しようと思うので少し待って欲しい。あくまで街の発展のためだから利率は低めにする予定だ」

 その後枝葉末節の質問がいくつか出たものの、異議を申し立てる者はいなかった。せっかく話がまとまったのに余計なことを言ってぶち壊しになるのを恐れたのだろう。


 会談が終わって後しばらく、俺は那由とともに銀行を開く手配をしつつ湊の発展と出羽情勢を見守った。やがて新潟の方で完成した船が酒田まで来るようになり、輸出に関しては積み込むだけで出来るようになった。そのため、商人たちは米や紅花といった出羽の名産や蝦夷地の海産物などを買い集めて新潟に売るようになった。商売が軌道に乗れば、船への投資もしやすくなるだろう。


 出羽情勢についても進展があった。九月に入るなり、尾浦城内で隠居していた大宝寺義氏が何者かの手で暗殺された。十中八九、繁長の差し金だろう。隠居させたとはいえ、義氏がいれば繁長の介入に反発する大宝寺家臣に担がれるかもしれない予想通りの展開である。繁長・義勝体制に大宝寺家で不満がない訳はないだろうが、義氏も人望がなかったためかそこまでの騒動にはならなかった。


 また、早速東禅寺義長から酒田湊の税について文句が来た。義長としては期待していた収入がなくなったので怒り心頭だろう。予想していたことだったので俺は無視した。それが目的という訳でもないが、義長の方から俺に戦でも仕掛けてこれば、完全に義長が悪者となる。

 その義長だったがさすがに俺に仕掛けることはなく、鮭延家や寒河江家に勧誘を開始した。一緒に組んで庄内を掌握しようという誘いである。当然繁長もこれに対抗して勧誘を始め、落ち着いたはずの出羽は早くも雲行きは怪しくなってきた。


 九月中旬ごろ、本国から収穫が終わった兵を呼び寄せ、率いていた兵を返した。俺もいい加減領地に帰りたかったが、那由を置いていく訳にもいかない。結局十二月ごろまで俺と那由は銀行の運営に携わり、そこでようやく事業が軌道に乗ったので家臣に任せ、本国に帰ることになった。

 十二月になりすっかり寒くなってから領地に帰るというのは辛かったが、本庄繁長はさらに酷かった。幼少の義勝を残して本領に帰ればたちまち東禅寺義長に家を乗っ取られると思った繁長は尾浦城から片時も離れることがなかった。

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