酒田湊 Ⅱ
その後俺は何人かを個別に呼びつけてこれまで大商人が賄賂と引き換えにどの程度の特権を得ていたかを書いてもらい、確認していた。
まず誰もが挙げていたのが、店を出す場所の優遇や仕入れの独占である。とはいえ、これは義長がそれをしていたというよりは、賄賂をもらう代わりに黙認していたというのが正確かもしれない。
また、東禅寺家への商売も一部商人に固定化しているという指摘もあった。だが、これは領主をしている俺としては分かるんだよな。例えば米を百俵仕入れようとして、百俵まとめて売ってくれる商人と、十、二十、三十、四十を売ってくれる商人四人から買うのとであれば、よほど値段が違わない限りは前者を選ぶ。手間というのもまた金銭的な価値だからな。
「とりあえず他者への妨害だけは禁止するか」
「それはいいと思う。ただ、人を派遣して嫌がらせとかは論外としても商売行為による妨害はどうだろうね」
俺が館の自室で紙と睨めっこしていると那由がつぶやく。
「どういうことだ?」
「一番典型的なのは新規商人が出店するたびに隣に店を出して潰すとか。弱小商人が仕入れようとしたときに仕入先に『向こうより絶対一割高く買うから向こうには売るな』て脅すとか」
そういう感じか。現代日本ではどうなってたかよく勉強しておけば良かったな。規制が厳しかった時代は大型ショッピングセンターはここには出店してはいけないみたいなのがあったと聞くが、不勉強だ。でもコンビニ業界とかだとそういうの激しいとは聞いたことがある。
「ちなみに新潟ではその辺どうなってるんだ?」
「私たちは商人組合という形でやってるから、今のところそういうのはない。儲けたところがあればそこの出資で倉庫建てたり船造ったり出来るから」
儲けている商人が倉庫なり船なりに出資して、元手があまりない商人は使用料を払って少しだけ貸してもらう、という形にすればある程度共存できる。もっとも、それは俺が求められた分の人手や職人を提供しているから成り立っているわけだが。
「同じようにやればうまくいくだろうか」
「多分最終的にはうまくいくと思う。ただ、新潟から見れば新発田家は近隣の由緒正しい領主様だったけど、ここの人から見たらよそ者に過ぎないから」
確かに商人組合も俺の信用がなければうまくはいかなかっただろう。それは俺が人間的に信用できるかどうかというよりは、新発田家が今後どのくらいこの地を支配できるかという信用である。
例えば俺と商人で共同出資して倉庫なり船なりを造ろうとしても、完成までに俺が酒田の支配権を失えば出資した金は消える。
「それならばやり方を逆にしてみるか」
「逆というのはどういう?」
「新潟では金を出してもらって俺が倉庫を造ったが、こっちでは俺が利子をつけて金を貸し出す。人員の手配などは任せよう」
新潟周辺と違って今のところ俺の顔が利く訳でもないので、金だけ集めて俺が色々手配するというのは難しいだろう。
「なるほど。でも踏み倒される危険は? 踏み倒すとはいかなくても普通に失敗して帰ってこないこともある」
「さすがに俺相手に踏み倒す奴はいないだろう。だが、相手が破産するのは困るな。ありがちなやり方だが担保をとるしかないか」
俺もそこそこの規模の領主になってきたので、言い方は悪いが商人程度が借金の踏み倒しをしてくれば報復することは可能だ。
「そうかもね。ただ、もし借りた金を持って大宝寺領や東禅寺領に夜逃げされたら?」
「大宝寺は繁長殿に頼めばどうにかなるだろう。東禅寺なら、それはそれで悪くないな」
「?」
那由は不思議そうにしているが、もし東禅寺に逃げるなら悪くはない。義長が素直に引き渡すならよし、引き渡さないなら攻める口実が出来るからだ。その辺は商売をやる理屈とは全く別の思惑だが。
「でも金貸しなんて誰がやるの? まさか重家様が商人の真似事をする訳にもいかないと思うし、部下とか?」
「そもそもこれは金を貸して利子で儲けることが目的ではなく、商業を発展させることが目的だからな。その辺の呼吸を戦場で槍働きばかりしている者が分かっていると思うか?」
「分からないと思う」
那由は即答した。俺もそう思う。そして俺たちの目が合う。
「つまりそういうことだ」
「……え、もしかして私?」
那由がぽかんとした表情でこちらを見つめる。
「他に誰がいると言うんだ」
「そんな、一介の町人に新発田家の資金を扱えと? いくら何でも無茶が過ぎるわ」
「最終的な責任は俺が持つ。誰にいくら貸すかだけ考えてくれればそれでいい。結局、貸せる金額の限界とかもあるからまるまるその通りにはいかないからな」
日本式、決裁だけ行う上司である。外国の企業がどういう仕組みがどうなっているかは知らないが。
那由はさすがにしばらく困惑していた。
「怖いか?」
「もちろん。実家の手伝いとは訳が違うから」
雪と違って普段からあまりにこにこしているタイプではないが、今の那由はそれを差し引いても緊張していた。
だが他に任せられる人物はいない。金を貸す以上相手の商売がうまくいくかいかないか、ある程度見極めが必要になってくる。その辺の感覚について俺の家臣で那由よりも優れていそうな者はいない。
「じゃあ、実家の手伝いと同じになればいいのか?」
「え、それはどういう……」
「こういうことだ」
俺は身体の中に眠る戦国武将の本能に突き動かされるようにして那由を押し倒す。一応言い訳しておくと、転生前の俺がこんな行動をする人物だった訳ではない。那由の身体から温かい体温が伝わって来て俺の方がどきどきする。
「本気なんだ」
那由の口から熱い吐息が漏れる。
「ああ。どっちもな」
「そう。それなら本気、見せてもらえる?」
俺は那由の唇に顔を近づけるのだった。
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