藤倉山の戦い

 頭が痛くなりそうな大葉沢城の会談から一週間後。本庄繁長から大宝寺家の東禅寺義長が内通を約束したという報告があった。一方の景勝は松倉城を包囲する神保長住を破り、そのまま富山方面へ進軍中らしい。俺がそこまで上杉領を攻めようとしている気配を見せなかったためだろう。


 八月一日、俺は一千の兵を率いて新発田城を出立した。今回は遠征なので、兵力は少なめである。途中で黒川為実の一千、本庄繁長の二千、鮎川盛長の一千が加わり、総勢五千という結構な数が揃った。特に本庄繁長の鼻息は荒く、御館の乱で手に入らなかった恩賞の代わりに庄内地方を奪い取ると息巻いていた。俺ももっと多くの兵を出しても良かったが、万一の備えとして領内に残すことにした。


 揚北連合軍は出羽に入ると小国因幡守ら五百の兵が籠る小国城を攻撃し、落としている。その報を聞いた大宝寺義氏はただちに五千の兵を率いて尾浦城を出陣した。


 俺たちは小国城よりもさらに北方に進んだ藤倉山の辺りで大宝寺軍に気づいた。進軍したと言っても辺りは山の中で、庄内平野にはまだ出ていない。地理に不慣れなこともあって行軍は簡単にはいかなかった。

 現在も山間部の少しだけ開けた頂上のようなところや、木が生えていない斜面、比較的広い山道などに兵を分散して布陣している形である。五千の兵は大軍のようにも思えたが、これではあまり意味がない。ただ、それは敵にとっても同様であるが。


「大宝寺軍が近づいておりますがいかがいたしましょう」

 先鋒を務めていた本庄軍の武将が繁長に報告する。

「困ったことになった、どうも東禅寺殿は大宝寺義氏の求めで参陣させられたらしい」


 出羽は越後から海沿いに進んでいくと大宝寺氏の居城、尾浦城がある。その周辺に庄内平野が広がり、その東南の方では最上義光が勢力を伸ばしている。一方、尾浦城からさらに北へ向かうと酒田湊があり、周辺を東禅寺義長が支配している。そのため、もし大宝寺義氏が兵を率いて南下すれば義長が内応して尾浦城を攻めるはずであった。


「なぜだ? 話と違うではないか」

 黒川為実が不審がる。

「分からぬ。だが強硬に参陣を要求され、拒めなくなったとのことだ。それ以降、大宝寺軍に合流したから連絡はとれておらぬがな」

「露見したのではないか?」

 今度は盛長が意見を口にする。

「その可能性もなくはないが……内応が露見した者を従えて行軍するだろうか? わしなら即座に斬るが。大方、怪しいが確証はないというところではないか」

「それもそうか」


「しかしこれからどうする? 改めてこの場で東禅寺殿が内応することに賭けてみるか? それともしばらく様子を見るか」

 とはいえ、がら空きの城を攻めとるのと戦場でいきなり裏切るのとはまた別問題である。戦国時代なので下剋上自体はある程度よくあることだが(それでも三好や松永のように批判される者もいるが)、それと戦場でいきなり裏切るのとでは雰囲気が違う。小早川秀秋が後々まで非難されているように、一気に人心が離れる危険がある。

「難しいな。東禅寺殿は今後大宝寺にとって代わろうとしている。それが我らに露骨に内通するようなことをするとは思えぬ」

 繁長が渋い顔をする。もし越後衆に与して裏切ったとなれば地元の国衆の支持は得られにくいかもしれない。

「ならば引き返すか?」

「いや、一戦交えてみよう。うまくやれば東禅寺殿は退いてくれるかもしれぬ」

 確かに義長の戦意が低いなら賤ケ岳の合戦で前田利家がうまく戦場を離脱したように、うまく離脱してくれるかもしれない。それに兵力は同数。精強で名を轟かせた上杉軍の一員であった俺たちが大負けするとも思えなかった。

「そうだな。もしかしたら勝てるかもしれぬ」

 繁長の提案に全員が頷く。

「ならば出来るだけ東禅寺殿を避けて進軍するように。合図はわしが出す」


 自軍に戻った俺は四方に放っていた物見を呼び集めた。しかし地形が入り組んでいる上、大宝寺軍の物見もうろうろしているため芳しい成果はなかったという。とりあえず比較的開けたところに布陣している敵を攻撃するか。山の中に入ると道に迷いそうだからな。


「全軍突撃!」

 遠くから合図の太鼓の音と兵士たちの喚声が聞こえてくる。

「前進! 目の前の敵を叩き潰せ! ただ決して山の中を深追いしてはならぬ!」

「おおおおお!」


「撃て! 奴らを越後に追い返せ!」

 大宝寺軍も弓や鉄砲で応戦するが緒戦の勢いは新発田軍が勝った。元々木立や斜面など遮蔽物が多く、矢玉はあまり飛んでこない。そのためすぐに乱戦になる。白兵戦となれば武田や北条相手に激戦を交えてきた越後勢は強かった。俺たちの勢いに押された大宝寺軍は背後にあった山の中に少しずつ下がっていく。木立に隠れて視界が悪く、ところどころにある道も細い。それを見て俺は嫌な予感がした。


「待て! 深追いはするな! 敵は追い散らすだけにしておけ!」

 俺が命令するも、戦場で急に命令が聞ける訳ではない。一部の兵士が勢いのまま山の中へ敵兵を追撃していく。そして数分後、血を流しながら這う這うの体で逃げてきた。しかも数も減っている。

「平原での合戦ならともかく、敵地で山の中での合戦はまずいな。一応味方にも知らせるか」

 俺は一応三人の友軍にも使者を送ろうとするが、使者が出立する前にあちこちの山の中から悲鳴が聞こえてきた。慌てて鳴らしたような退却の太鼓があちこちから聞こえてくる。

 こうして緒戦は一勝一敗のような形で幕を降ろした。

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