大葉沢会談 Ⅱ
「さて、伊達家と蘆名家の問題も片付いたところで鮎川殿の話に戻ろうか」
「そもそも先ほどから上杉家についての言及がないが、我らは大前提として鮎川殿が上杉に叛いたため兵を出した。である以上鮎川殿は上杉に降伏すべきではないか」
ここで唐突に中条景泰が俺が意図的に無視していた話題を持ち出す。
「違う、わしはただ本庄殿と揉めていただけだ」
「何を言う、兵を集め始め出したのはそちらではないか」
さっきまで皆ぶっちゃけて話していたが、上杉の話が出ると急に建前の話になってしまったな。まあわざわざ上杉を敵に回す必要はないので仕方ないが。
「とりあえずいったん上杉のことは考えないことにしようではないか。そもそも皆、俺の領地を攻めるよう言われていたのに出さなかったではないか。上杉のことは置いておき、いったん揚北衆としての和議を結ぶべきではないだろうか」
「それはなし崩し的に我らをも上杉から叛かせようということか?」
なおも中条景泰が噛みついてくる。確かに俺たちだけで勝手に和睦をしようとするとそうなるな。だが、それを飲めないというのならこの和睦を仲介することは出来ない。そして俺が仲介しなければまた伊達や蘆名との話を一からやり直さないといけなくなる。
「分かった。そもそもあくまで上杉に従うという者は鮎川殿と戦いを続けるが良い」
俺は多少苛立った。が、俺の言葉を聞いて本庄繁長が顔色を変える。
「まあまあ中条殿、何事もそう四角四面に考えるものではない。我らは上杉の傘下に属しているが、それぞれの事情がある。そうではないか?」
「いや、しかし……」
「中条殿も新発田領に兵を出さなかったではないか」
それを言われると中条景泰も沈黙せざるを得ない。本庄繁長としてもこの会談に参加したからといって独立を目指していると思われるのは嫌なのだろう。
「分かった。我らは上杉に叛く訳ではなく、ただ本庄殿と鮎川殿の争いを仲介したと。それでよろしいか?」
色部長実がまとめると、皆不承不承ながら頷いた。さっさと上杉から叛けばいいのにと思わなくもないが、俺が負けた後に痛い目を見るのが嫌なのだろう。
「鮎川殿が上杉に叛いていない以上、城を明け渡したり人質を出したりするほどのことは不要だ。領地の割譲で事を済ませたい」
「だが、この争いはずっと続いている」
繁長はなおも不満を漏らす。この期に鮎川の勢力を大きく削いでおきたかったのだろう。しかし謙信時代は繁長も謀叛を起こしていたのに、他人のことばかりは言えないのではないか。
「下手にこの城を明け渡させたりして、鮎川殿が上杉の元へ走ればまた面倒なことになると思うが?」
「それはそうだな」
そうなればさすがの景勝といえども兵を出さざるを得ないだろう。そしてその際、俺の提案を蹴った繁長に俺が味方するとは思えない。それを感じ取ったのか、繁長は引き下がった。もしかしたら元からダメ元で言っていたのかもしれない。
その後しばらくは鮎川領の分配についての話が続いた。当事者の繁長が一番多くをとり、勝ち馬に乗った他三家はわずかになった。
「ところで話は変わるが、皆は大宝寺の悪政について聞いているか?」
「確かに聞いてはいる。越後が落ち着けばどうにかしたいとは思うが、全く落ち着かぬのでな」
繁長はちらりと盛長の方を見た。俺はその言葉に大きく頷く。
「俺も同感だ。しかし上杉もしばらくは越中の方で手一杯だろう。俺も揚北の問題が一段落すれば兵を出そうと考えていた。もし賛同する者がいれば共に兵を出そうではないか」
「では我が家も参加させていただく」
盛長が手を挙げるのを繁長が嫌そうに見る。繁長と一緒に参加するのはやめて欲しかったが、出羽に所領が接しているのは鮎川家である。鮎川家が参戦してくれるのであれば陸路が使えるようになる。
「しかし一体どこまでを目指す? 我らとて大宝寺を滅ぼすまではする必要がないと思うが」
「俺としては酒田湊の商売に絡みたい。本庄殿や鮎川殿も越後に接している地の獲得を目指せば良いのではないか」
「そうだな。ではわしの方から我らにつく者がいないか打診してみよう」
俺が領地に興味を示さなかったからか、繁長は上機嫌であった。だが、新発田から出羽では距離が遠すぎる。それよりは海で繋がっている酒田湊の利益だけ入るようになればそれで良かった。
「しかし繁長殿、新発田と軍事行動をともにして大丈夫なのですか?」
黒川為実が不安げに繁長を見る。が、繁長は鷹揚に頷いた。
「それで文句をつけてくるというのであれば、新発田殿が勝てたのだからわしとて負けるつもりはないと言わせてもらおう。わしも謙信公相手に一年近く戦ったからな」
なるほど、本庄繁長も上杉は敵に回したくないと言いつつ、自分の利益拡張のためなら危険は冒すのか。これは悪くないな。このまま流れで揚北全体が上杉から独立してくれればいいのだが。
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