惨劇

 俺は佐々成政に向けて文を書いた。織田家に味方することについては問題ない。とはいえ連携をとろうにもお互いの距離が離れすぎているために具体的に「〇月〇日に共に出兵する」などとは定めづらい状況だ。そのため手を結ぶとはいえ、内容は限りなくない。


 そんな中俺は織田家に船舶を造る技術を持った人材を要求することにした。将来的には新潟港から酒田やさらに北方とも交易が出来るようにしたい。だが、今の越後にそれが出来る人材がいない。もし織田家が有用な人材を送ってくれるようであれば新しい農具を送るとも付け加えておいた。もっとも、織田家が俺の領内を偵察すればすぐに真似できそうな気もするが。


 そんな文を送ろうとした俺だが、一応すんでのところで踏みとどまった。もしかすると景勝は顕元の切腹で判断を変えるのではないか、そんな期待があったからだ。しかしすぐに事態はもう動き始めてしまっているのだということを知ることになる。



五月二十日 春日山城

 安田顕元自刃の後、毛利秀広は調べていた。なぜ顕元は自刃するに至ったのかと。顕元の家臣に話を聞きにいくと、どうも秀広や重家を勧誘したときに景勝から恩賞についての内諾があったのは事実のようである。顕元は本当に安堵していたようだ、という証言が得られた。


 さらに秀広は死の直前の顕元の行動を調べた。どうも顕元は直江兼続と度々口論をしていたらしく、それについては複数の証言も得られた。兼続は景勝の参謀のような位置に収まっており、発言に影響力もある。


 それはさておき、さらに秀広は気になる話を耳にした。直江景綱の娘、現在は信綱の妻でもあるお船という人物が兼続と何度か会っているということである。直江家は景綱の死後、養子となっていた信綱が跡を継いだ。しかし信綱は上野の蒼海長尾家の生まれであり、言うなれば外様に過ぎない。そのため重要な書類に信綱とお船が連署するなど、信綱は完全に直江家を掌握している訳ではなかった。

 要するに景勝陣営の中心人物は景勝(謙信に敵対して今は滅んでいる上田長尾家の忘れ形見)・兼続(勘定方の息子)・信綱(外様出身だが重臣の家に養子に入っている)という権力基盤のない三人である。

 さて、さらに登場するのが山崎秀仙という儒者であった。彼は信綱に乱を利用して権力基盤を固めるよう助言。兼続の考えも元を辿ると彼に行きつくらしい。こうして三人は乱に乗じて景勝や自分たちの権力を確立しようという考えに至った……と、とりあえず秀広は納得した。


 とはいえここで謀叛を起こしたり景勝をどうこうすれば上杉家は滅亡の危機に立たされる。秀広はそこまでは望んでいなかった。顕元も望んでいないだろう。だとすれば兼続・信綱・山崎秀仙の三人が諸悪の根源である。三人がいなくなれば景勝も考えを改めるだろう。そこまで考えた秀広は三人に話がしたいという旨を話した。もし雑な対応をされれば切腹も辞さない旨をほのめかしている。


 秀広は覚悟を決めると三人が待つ部屋へ入った。兼続はいつも通り澄ました表情をしているが、信綱と秀仙は緊張している。そもそも秀仙に至ってはこういった場に出てくること自体稀であった。

 秀広が入ると部屋にはさっと緊迫した空気が流れる。

「本日はそれがしのためにわざわざお集りいただきかたじけない」

「いえ、こちらこそ何度でもお話はいたそう」

 一応現状では一番身分が高い直江家当主である信綱が三人を代表して答える。

「ではまず安田殿切腹を受けてこのたびの乱の恩賞について何か方針を変える考えはあるだろうか」

「まずはご冥福をお祈りさせていただく。ただ、これについては決定済みの事項である故変更はない」


「そうか。ならば致し方あるまい」

 秀広は刀の柄に手を掛けると抜きざまに信綱に斬りかかった。


「ぐあっ!」


 刀が信綱の胸の辺りを斬りさき、悲鳴とともにぱっと鮮血が飛び散る。

「何をする! 狂ったか!」

 信綱は胸を抑えながらも叫ぶ。ちなみに秀仙は小さな悲鳴を上げながら部屋の隅に逃げようとし、兼続は距離をとって脇差に手をかけている。

「何を言う。わしが兵を挙げて謀叛すればもっと多くの血が流れる。それをおぬしら三人で済ませてやろうと言っているのだぞ……おい、一人だけ逃れようとは卑怯ではないか?」


 秀広は逃げようとする秀仙の背に容赦なく太刀を浴びせる。

「ぐああああああああああああああああああ!」


 秀仙は悲鳴を上げてその場に倒れた。畳に赤い染みが広がっていく。

「愚かな。大人しく従えば本領は安堵されるというのに。何のためにそこまでする」

 普段冷静な兼続もさすがに動揺を見せている。秀広に向かって脇差を構える手は震えていた。

「何を言う。安田殿はわしの言葉が引き金で死んだも同然。ならばわしがおめおめと生きながらえる訳にはいくまい。だが、それはおぬしらも同様だ!」

 秀広は刀を振り上げると兼続に斬りかかる。


「させぬ! ここで兼続殿まで失えば上杉は終わりだ!」

 重傷を負った信綱だったが鬼気迫る形相で兼続の前に割り込む。秀広の刀はそのまま信綱の首筋を斬りさく。


「ぐあっ!」

 再び悲鳴を上げて信綱は倒れた。大動脈を斬ったのか、ぱっと血が辺りに飛び散った。


「貴様!」

 兼続の脇差が秀広を襲う。だが秀広は半歩下がって難なくそれをかわす。太刀を抜いている秀広の方が間合いの上で圧倒的に有利である。

「自らの判断をあの世で後悔するがいい」

 とどめとばかりに秀広が刀を振り上げる。が、その時だった。

「何だ、今の悲鳴は!」

 たまたま駆けつけたのは信濃衆の岩井信能であった。そしてふすまを開けて広がっている惨状を目にし、驚愕する。が、彼も武士であった。驚愕はしてもやることはなさねばならない。


「覚悟!」


 とっさのことだったが、信能と兼続はタイミングを合わせて斬りかかる。兼続の攻撃をかわしたものの、信能の刀が秀広の胸を突いた。

「ぐはっ」

 秀広は鮮血をまき散らしてその場に倒れた。それでもその目は事切れるまで兼続を睨みつけていたという。

 その後、手当の甲斐なく秀仙と信綱は息を引き取った。

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