織田よりの使者

五月九日 新発田城

「何、安田殿が腹を切っただと!?」

 俺はその知らせを聞いて驚愕した。正直そこまで切迫した事態になっているとは思ってもみなかったが、恩賞を約束した顕元が腹を切ったということはそういうことである。何より顕元の言葉に嘘はなかったということだ。俺は顕元が腹を切ったという春日山城の方角に向かってしばしの間、手を合わせる。


「やはり歴史は変わらないのか……」

 とはいえ、こうなってしまった以上は覚悟を決めなければならない。新潟・三条城を返還して元の領地を安堵されるか。あくまで戦い抜くか。自らの力で手に入れた領地を渡したくないという気持ちも強かったが、領民を戦火に晒したくないという気持ちもあった。


数日後

 俺はじりじりした気持ちで情報収集を進めていた。もし乱を起こせば周辺国衆はどの程度まじめに攻めて来るか。そんなとき、新発田城を訪ねる者がいた。

「殿、加賀より佐々成政殿の使者がいらしております」

「佐々成政……織田家の武将か」

 このところ越後国内の話ばかりで忘れていたが、そういえばこの時期は織田家の最盛期であった。

 このころ織田北陸方面軍は加賀で一向一揆と戦っていた。元々は謙信と同盟していた一向一揆だったが現在の上杉家に一向一揆を助ける余力はなく、単独で織田軍の矢面に立たされた一向一揆は風前の灯であった。そして一向一揆が滅べば当然次の矛先は上杉家に向くことになる。成政は柴田勝家ら北陸方面軍の指揮下にある。


「それがし、佐々成政の叔父の佐々平左衛門と申します」

 現れたのは五十ほどの白髪混ざりの武士であった。誼を通じにきたからだろう、にこにことした笑顔を浮かべている。普通武士が他家に行くときは侮られぬように強面で赴くのだが、織田家ほどの家になるとそこまでする必要もないのか、と感心する。

「遠路はるばるご苦労であった」

「我ら遠く離れた加賀の地におりますが、常に上杉家の動向は注視しております。御館の乱では様々なことがありましたがとりわけ新発田殿の活躍は耳にしております」

「世辞はいらぬ」

 活躍したのは事実だが、飛ぶ鳥落とす勢いの織田家中の者に言われると多少違和感がある。

「いえ、戦場での活躍だけでなく、先代殿の武田との同盟はお見事でございました」

「そうだな。我が兄ながら見事ではあったと思う」


「そのようにご活躍なされている新発田殿ですが、噂に聞くと上杉殿は恩賞を渋っているとか」

 急に平左衛門の顔色が好々爺のような笑顔からまじめなものに変わる。何でそのことを織田家が知っているんだ、と一瞬思ったがよく考えてみれば当然であった。俺以外にもそれを不満に思っている者は多数いるし、それで腹を切る者まで出ている。今頃景勝は悪い意味で諸国に名を知られているだろう。

「そんなことはない。側近に騒いでいる者がいるだけで景勝殿はきちんと恩賞をくださるはずだ」

 正直そうは思っていなかったが、出方を見るために一度とぼけてみる。


「なるほど、さようですか。であればあくまで仮定の話として、上杉殿が話を反故にされたのであれば新発田殿はいかがなされるのでしょうか」

「どうだろうな。佐々殿はそれを知ってどうされるのだろう。越後と加賀では隣国ですらないが」

 さりげなく俺が謀叛したら何をしてくれるのか尋ねてみる。

「現在はそうですが、本願寺ももはや長くはありません。それに織田家は加賀だけでなく、越中の神保氏とも誼を通じております」

 織田家は先年、越後で血みどろの争いをしている中、謙信に追い落とされた神保長住を越中に復帰させている。さらに局地戦ではあるが、月岡野の戦いで河田長親らの軍勢を破っている。

「分かった。もし万一ということがあればまた連絡しよう」

「承知いたしました、その通り成政殿にはお伝えします。最後に一言だけ。越後一国は狭いですがこの国は広うございます。柴田勝家様も元は織田の一家臣でしたが、今では越前一国と加賀半国を治めております。それでは」

 平左衛門は一礼して退出していった。織田の一家臣が越前一国と加賀半国か。その言葉は俺の胸に深く刻まれた。それを聞くと城の一つ二つで延々争っている自分たちがひどく小さく思えた。


 佐々平左衛門と話し終えた俺は新潟に馬を走らせた。ほぼ気持ちは決まっていたが、決める前に一度話はしておこうという気持ちだった。そして酒井家に到着する。

「重家様はいつも唐突ね。もう新発田家も継いで押しも押されぬ大領主なのに」

 突然の来訪に那由は呆れた顔をした。最初は驚いていたが、こんなことばかりだったので反応もだんだん呆れに変わっていった。新発田家の家督を継いだということは五十公野家や加地家に対しても主家となるということである。呆れながらも那由は部屋に通してお茶菓子を出してはくれる。気のせいか、最初のころよりランクが下がってる気はするが。

「それで? どうするの?」

 俺がお茶をすすって一息ついていると単刀直入に迫られた。

「どうするって……いいのか? 場合によってはここは戦場になるぞ」

「もちろん戦場になるのは良くないけど、戦争になったら儲かるのは儲かるからそれはどちらでもいいわ」

「そうか」

 思いのほか商人はたくましかった。


「でもそうね、あえて希望を言うならばやっぱり酒田の方では悪政が改善しないようだから出来るのならば重家様にはそっちの方まで治めて欲しいわ」

「それは上杉と戦いながらそちらにも兵を出せということか? 大分無茶を言うな。それにそれなら船が……」

 陸路では酒田までの間に本庄家や鮎川家がおり、安全とは言えない。反乱しなくてすむなら共同で対処することも可能かもしれないが。となれば移動するにしても、その後交易するにしても船が必要になるが、船か。そこで俺の中で色んなことが結びついた。

「分かった。どうにかしよう」

「本当に?」

 那由が目を丸くする。まさか何となく口にしたことが本当に叶うとは思っていなかったのだろう。

「よし、筆と紙を貸してくれ。早速書かなければならない手紙が出来た」

「え、うちで?」

 那由は呆れて紙と硯を持ってきてくれた。

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