独立編
火種
新発田家を継いだ俺は本庄秀綱討伐への参加を命じられた。とはいえ俺以外にも景勝に従う武将らが参陣し、秀綱は孤立無援に陥った。秀綱はそれでも一か月の間、堅固な栃尾城に拠って抵抗。しかし業を煮やした俺は自分の軍勢を率いて夜襲を敢行。四月十五日、ようやく城は落城し蘆名家を頼って落ち延びた。
秀綱の降伏により神余親綱も降伏、揚北の黒川清実も俺が軍勢を向けると伊達輝宗の仲介で降伏し、御館の乱はおおむね終結した。こうなっては蘆名家も越後へ介入する口実を失い、こちらもなし崩し的に戦いが終わった。
五月二日 新発田城
「殿、春日山から使者が参っております」
乱が終わり、田植えまでに備中鍬を領内の主要な農家に配り終えた俺は一息ついていた。そこに矢五郎が緊張した表情で報告にくる。
「ようやく来たか」
乱が終わったのが三月二十四日。本庄秀綱らの抵抗はあったものの、領地配分を決めるのにどれほど時間をかけているのか。まあ、急ごしらえの政権なので他にやることが山積みだったのだろう。それよりも問題は中身の方だ。俺は少し緊張しつつ使者を迎え入れる。
「では我が主、景勝様からの書状を読み上げます」
そう言って使者は書状を開くのだが書状を開いた彼の顔に緊張が走る。
「新発田重家様の家督相続を安堵、また五十公野信宗様の家督相続も安堵する。乱中、新発田家が保護していた新潟港は竹俣慶綱殿に、三条城は甘粕景持殿に譲り渡すようにとのことです」
「何かの間違えだろう」
俺は最後まで聞くことなくそう言った。猛将と名高い俺の声に使者はびくりと肩を震わせる。
「いえ、しかしこの書状は確かに景勝様から受け取ったもので……」
「もう一度景勝殿に確認して来い! なぜ俺が自力で切り取った領地を他人に渡さねばならない!」
「ですが……」
「くどい! 確認してまいれ!」
ある程度予期していたことだったが思わず血が昇ってしまう。景勝が戦闘に明け暮れている間誰が新潟港を管理して倉庫を建設し商業を盛んにしていたと思っているのか。それにここで弱気な姿勢を見せて容認したと思われても困る。
「では景勝様からのお言葉、確かにお伝えいたしました!」
使者はそう叫ぶと逃げるようにその場を離れた。
「すぐに安田殿を呼べ! 確認したいことがある!」
「はい!」
事態の重大さを理解した矢五郎がすぐに安田城へと走る。さて。俺は景勝に反乱を起こす気はなかったが、このまま行けば史実のようになってしまうのだろうか。いや、まずは確認が先だ。安田顕元は命に代えても保証すると言っていた。
翌日。新発田城へ蒼白な表情の安田顕元がやってきた。それを見ると彼には悪いという気持ちもなくはないが、約束は約束である。
「用件は分かっているだろうな」
「分かっている! わしとて何が何やら分からぬ! 事前に景勝様に伺ったお話とこのたび提示された内容がまるっきり異なるのだ!」
顕元は悲痛な声で叫ぶ。寝ていないのか、その目にはどんよりした隈が出来ている。
「景勝様が我らをたばかったと言うのか?」
「そ、それは分からぬが……とにかく何かがおかしい。そなただけではない、わしが勧誘した毛利秀広殿も景勝様につく代わりに領地を加増されることになっていたが、それを反故にされたのだ!」
毛利秀広は景虎派の中核であった北条高広・景広親子の一族で当然景虎派につくかと思われたが顕元の仲介で景勝に味方した。そう考えると顕元の乱における功績は大きい。
ちなみに景虎を裏切り切腹に追い込んだ堀江宗親も顕元の誘いで裏切っているが、卑怯な振る舞いのため領地を没収されている。さすがにこれについては顕元も何も言わなかった。
「まあいい。かくなる上は分かっているだろうな?」
「当然だ。武士として一度言ったことを曲げる訳には行かぬ。わしの恩賞と引き換えにでもそなたへの恩賞を確保してくる」
「頼む」
こうして顕元は春日山城に馬を飛ばした。
五月五日 春日山城
春日山城に向かい血走った目で馬を飛ばしてくる人物がいる。安田顕元だ。新発田重家だけでなく毛利秀広やその他小領主数人を景勝陣営に勧誘した顕元だったが、最初に景勝から聞いていた条件を全て反故にされていた。このままでは顕元の面子は丸つぶれである。
「すぐに景勝様にとりつげ!」
顕元は怒鳴って馬を降りた。
が、通された先にいたのは直江兼続であった。体から湯気が噴き出しそうな勢いの顕元を兼続は凍り付くような視線で見つめる。
「殿は今忙しいので私が承ります。何用でしょうか?」
「用件など一つしかない! 恩賞の件に決まっておろう! 乱の当初から聞いていた話とまるっきり違うではないか!」
顕元は掴みかからんばかりの剣幕で詰め寄る。が、兼続は冷たく答えた。
「ああ、新発田殿と毛利殿の件ですか。でしたら新発田殿には蘆名と通じていた疑惑があります。噂によれば、蘆名家と交戦中であるはずにも関わらず、領内で武具の製造をやめていたとか。とはいえ我らもいたずらにこの件を騒ぎ立てたくはありません。毛利殿についても大場の戦いの際、北条景広殿への攻撃に手心をかけた疑いがございます」
ちなみに顕元は新発田・蘆名の密約など知る由もない。大場の戦いに至っては単に景広の采配が見事だっただけである。従って兼続の言い分を単なる難癖だと判断した。
「もういい話にならん! 景勝様に会わせていただきたい!」
「申し訳ないですが景勝様は多忙でござれば」
「そうか、なら会わせてもらえるまでわしはここを動かん!」
「そうですか」
激昂する顕元を背に兼続は冷ややかに一礼してその場を離れた。顕元はどうしようもなく、春日山城に泊まり込むこととなった。
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