家督相続

 その後御館の乱は景勝優位で推移した。特に翌天正七年二月に景虎方の名将北条景広が討ち死にすると戦況は決定的になった。関東から越後に侵入していた北条家の軍勢も撤退した。


 その間俺は栃尾城主の本庄秀綱や黒川城主の黒川清実を攻撃しつつも内政に専念していた。領内の鍛冶屋に農具作りをさせているため一時的に武器の供給がなくなっていること、新潟と三条城でさえ領有がはっきりしていないのに、これ以上誰かを攻め落としたとしても領地をもらえるかは不明だというのもある。

 とはいえ御館方面で劣勢となっていく景虎方と違い、彼らは頑強な抵抗を続けていた。乱を早く終わらせるためにも一度だけ大兵力を集めて攻めた方がいいかもしれない。


 また、その間俺は余った兵士を集めて中小船舶を作らせており、年が明けたころには新潟港からは春日山や酒田に向けて米などを輸出するなどの活動がぼつぼつと行われてきていた。そんな中、ある日那由と会ったときのことである。

「おかげ様で商売も軌道に乗り始めているわ。まあ、春日山の方は少し乗り遅れたみたいだけど」

 春日山城は乱の序盤、景虎方の包囲を受けて兵糧に事欠いていた時期があった。しかし最近は景虎の衰退により物資の搬入には不自由しなくなっていた。もっとも、海上からの輸送の方が効率がいいため、多少有利ではあったが。

「大丈夫だ。そのうち織田家との戦争が始まればまた米は飛ぶように売れるだろう」

「そうね。気がかりなのはむしろ酒田の方だわ」

「そうなのか?」


 酒田湊は越後のさらに北方にある大宝寺氏が治めている港である。現在の当主、大宝寺義氏は乱に対しては景虎方として参戦していたが、景虎不利になると介入は消極的となっていた。とはいえ商人同士の交易は領主の敵対関係とは特に関係なく行われているはずだ。

「それが、越後への介入だけでなく最上氏や安東氏との戦いで戦費がかさんだ義氏は無理のある徴税を行っているとのことで、商人たちから悲鳴が聞こえてくるわ」

「なるほど」

 せっかく交易相手にしようとしている酒田湊なのに衰退してもらっては困る。とはいえ大宝寺氏とは領地も離れており、敵味方に別れているため全く繋がりもない。

「酒田からはどんなものを仕入れている?」

「酒田にはさらに北方から蝦夷の物品が入ってきているわ。鮭・鰊といった魚やこんぶなどは貴重よ」

 なるほど、蝦夷のものが多少なりとも流れてくるのであれば貴重だな。とはいえ俺に大宝寺家の内政方針に介入するほどの影響力はない。となれば大宝寺家と繋がりの深い本庄繁長に頼んでみるか。尤も繁長も景勝方なので大宝寺とは敵対しているが。

「分かった、だめ元で繁長に頼んでみよう」

「お願い」


 そんな訳で俺は繁長に手紙を書いた。数日後、繁長からの返事には酒田代官の東禅寺義長に依頼をしてみる、とあった。間に人を介しているため色々と面倒くさい。さらに数日後、繁長から東禅寺義長より善処するという返事があったという知らせがあった。どのくらい善処してくれるのかは不明であったが、これ以上何かを要求することも出来ない。そもそも味方陣営ですらないからな。

 ちなみにこの時の俺、繁長、そして東禅寺義長の微妙な関係は後に複雑な事態に発展するのだがそれはまた別の話である。


 三月。元関東管領上杉憲政の仲介むなしく、景虎から景勝への和議は失敗に終わった。景虎は失意のあまり御館を撤退。堀江宗親の鮫ヶ尾城で再起を狙ったものの、宗親の謀叛により自害した。とはいえ、本庄秀綱・黒川為実・神余親綱といった景虎派武将は依然としており乱が終結した訳ではなかった。


 そんな中、俺は久しぶりに兄長敦に新発田城に呼び出された。五十公野城の近くにあるが、最近は全然いっていなかった。

 久しぶりにあった兄は随分やつれていた。それを見て俺は少し驚く。長敦は戦場を走る猛将というイメージがあったが、それも過去のものとなってしまったのか。

「何用でしょうか、兄上」

「他でもない、最近のお主の活躍は色んなところからわしの耳に入っている」

「いえ、それもこれも兄上の後ろ盾あってのことです」


「そんなことはない。それにわしももう長くはない。それならば早めにお主に家を譲り渡した方がいいと思ってな」

 まじか。長敦の言葉に俺は衝撃が走る。ようやく五十公野治長に慣れてきたというのに、俺は新発田家をも継承しないといけなくなるのか。

「いえ、私などまだまだ一人立ちは……」

「そうか? だがお主のやっていることはもっと広い範囲ですべきことだ。農具の改良や商人の組織化などは是非新発田領でもやってもらいたい」

「それはそうですが……」

 なおも口ごもる俺に長敦は決定的なことを告げる。


「それに、乱も終わったらいよいよ景勝殿や兼続とどう向き合うのか、決断を迫られるだろう。そのとき、我らの道を決めるのはお主であるべきだ」


 長敦の言葉に俺は不穏な気配を感じた。もし景勝や兼続が今の領土を安堵するのであればこんなことは言わないだろう。少なくとも長敦は良くない感触を抱いているに違いない。

「分かりました。若輩者ですが精いっぱい務めさせていただこうと思います」

「それが良い。では早速家臣たちにもお目通りさせよう。皆の者、入るが良い」

 長敦の言葉に新発田家の一族や家臣である、佐々木晴信、高橋掃部助、猿橋刑部らが入ってくる。

「今日より新発田家を継ぐ。兄に負けないよう励むつもりゆえ、よろしく頼む」

「はい、我ら変わらぬ忠誠を誓います」

 そう言って彼らは平伏した。

「うむ、わしからもよろしく頼むぞ。ちなみに五十公野家は道如斎に継がせるが良い。それについては改めてわしから言っておく」

「はい」

 こうして俺は新発田重家と改名し、新発田家を継いだ。弟は五十公野信宗と名乗り、俺がいた五十公野家を継いだ。

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