ちょっと野暮用 -エリー-

 「ふぁ〜ぁ……」


 眠い。瞼が落ちそうなほどすこぶる眠い。


 こんな感じだってのは分かってたけどさ、それでも改めて体験してみて思った。欠伸が出るほど退屈めっちゃつまんない


 隣に座ってる同じ顔サリーを見てみると、とても眠そうだった。というかもう意識無いでしょコイツ

 さっきまでの私もこんな顔してたのかなーって考えるとちょっと反省するはずかしい。ここまでアホ面晒してないと信じたい。


 この場たいくつから上手く逃げらんないかなーと思って頬杖を突きながら家族の様子まわりを伺ってみた。

 パパは真剣、ママはいつも通りの笑顔。ナナは不満気でリリ姉は仏頂面。サリーはまぁ残念なおみせできない顔。


 と、ナナがこっち見てるや。どうしたのかなー?とぼんやり見てると、その膝をちっちゃい手でペチペチと叩き始めた。なにあれ、可愛いんだけど。


 とまぁそれは置いていて、つまんなくなっちゃったかな。人も多いしね。


 ナナは昔から人混みがとっても苦手で、数年前までもっとちっちゃいころはそれだけで泣いちゃったくらい。ちなみに最近はママや私の胸に顔を埋めて、蜜を吸ってる蝶々ちょうちょみたいにジッとしてる。


 おっとまた思考が逸れてたいしきがとんでた。そして改めて、ナナ、ナイス!これで絶好の口実にげみちが生まれたね!


 ここぞとばかりにすぐ行動に移す。

 左手に抜けて背もたれの裏から回り、まずはママのとこ。その大胆に開かれた肩をポンポンと叩くと、すぐに気付いて顔をこっちに向けたママ。


 「ナナがつまんなそうだからちょっと外出てくるね」

 「あらあら、仕方がないわね。でも、二人だけだと心配。ファナ、お願い出来る?」

 「承知しました」


 特に何か言われることもなく、あっさりと許して貰った。付いてくるのがファナなら口も硬いし何も心配いらないね。これがキニャとかだと、次の日にはお屋敷中に知れ渡っててもおかしくない。


 何のうれいも無くなった所で、半歩ズレてお姫様ナナの懐に手を伸ばし、後ろから優しく抱きかかえる。

 羽根のように軽くて大人しくて、私やサリーの妹なのが信じられないくらい。

 

 「行こっか、ナナ」


 横からその顔をのぞき込んで声を掛ける。声を掛けても何も返って来ないことはしょっちゅうなので特に気にせず、出入り口に向かっちゃう。


 歩きながらそのお人形さんのような身体を半回転させてくるりとまわして、首にしがみつかせながら左腕で支える形に体勢を組み替える。そうすると無言で抱きついてくるのがまた可愛い。


 ……言っておくけど無理矢理むりやりじゃないからね?


 あんま喋んないけど、嫌な時はすぐに顔に出るからむしろナナは分かり易い方。

 パパやリディ姉は(とても)分かり易いけど、リリ姉なんか本当に表情変わんないからね。

 ……それにママも、リリ姉とは逆に終始にこやかだから逆に分かんない。それは私とサリーも同じかな。


 ちなみに後ろに付いてくるファナも、リリ姉と同じタイプ。リリ姉の不変かわらなさっぷりに比べると全然表情あるけどね。


 そんなことを考えながら右手で扉を開けて階段を下りたらそこでナナを床に下ろす。抱っこしながらも悪くないけど、私は手を繋ぐ方が好き。


 左手を差し出すと、すぐにフワッとした感触が手に触れる。一切の躊躇ちゅうちょが無いその行動に気を良くしながら、二人並んで歩く。ナナの歩くペースに合わせて、ゆっくり。


 二人の衛兵に見守られて外に出てからもそのまま歩く。少しして三段に積み上げられた流水のカーテンが見事な噴水のそばに二人並んで腰掛けた。


 するとすかさずファナが水筒を差し出してくれる。そういえば喉も渇いてたんだよねー。


 「ぷはー!ありがとね、ナナ!天使!女神!」


 この水が甘露の如くあまーく感じるのも、抜け出す口実いいわけをくれたナナのお陰。だから、少しずつ水筒を傾けてコクン、コクンと喉を鳴らしてるナナの頭を、感情の赴くおもうままに撫で撫でしちゃうのは仕方ないよね!


 「やー、おめでたいと思わないわけじゃないけど、ああもかたくるしいと流石さすがにおめでたさもどっかに行っちゃって眠くなっちゃうよね。新しい魔法まほうじゃないの、あれ」


 べつにおいわいなんてうちですればいいじゃん、とは思うけど口には出さない。……ばつが悪くてリディ姉にはちょっとごめんって思うけど。

 内心抱いてしまった気持ちに言いようのない羞恥しゅうちを覚えていると、隣から途切れ途切れの呟きが聞こえた。


 「……でぃー姉、どこかわかん、なくて。つまんない」


 ナナが自分から喋ってる、珍しい!

 こっちから聞いたことにはそれなりに答えてくれるけど、自分から何かを口に出すことはあんま無いんだよね。たまにこっちの目をじーっと見てる時は何か伝えたいんだろうなーって思って、その時はどうしたの?って聞くようにしてる。


 「そうだよね〜。貴族席きぞくたいおうで広くてふかふかなのは良いんだけど、あんな見渡す限りたくさん居たら全員ディー姉に見えちゃうよね〜」

 「でぃー姉、おめでとう、したかった、の」

 「そっかそっかー。まぁ今夜はお家でお祝いするらしいから、おめでとうはそこですれば良いよ」

 「うん……。おうちでおめでとう、する」

 「よしよし、いい子いい子」


 その頭をまたもや撫でてあげる。

 丁度良い高さで可愛らしくて大人しくって。あらゆる面で撫でやすいんだよね、ナナって。

 撫でてる間はずっとジッとしてるから、それなりには喜んでくれてるんだろうなーって実感できるし。


 「でぃー姉、いつ帰って、くる?」

 「うーんとねー。確か後一時間半くらいで終わって、中等部わたしの時と同じならそれから顔合わせだったはずだから、三時……おやつの時間には帰ってくるかな?」

 「さびしい」

 「ん?私がいるのにさびしいなんて、エー姉傷付きずついちゃうなぁ。ナナはわたしじゃダメなの〜?」


 私の台詞ことばは完全に演技わざとだったけど、実際にもの悲しそうな(気がする)表情かおをしてる妹の身体を優しく持ち上げて、自分の膝の上に乗せる。

 う~ん、自然と肩の上に両腕が回るし、やっぱりナナは抱っこするにしても凄いしっくりくるんだよねぇ。


 「ダメ、じゃ、ない。けど。でぃー姉に早く、おめでと、言いたい……」

 「そうだよねー。ディー姉もおめでたい式なんかより、ナナにおめでとうって言われる方が絶対ぜったい嬉しいと思うなー」

 「ほんと……?」

 「本当本当!可愛いナナにめられて嬉しくないわけが無いでしょ〜?」

 「じゃあ、いっぱいおめでとした、ら、いっぱいよろこんで、くれる……?」

 「そりゃもう当然ぜったい!」


 だって、私だったらとっても嬉しいからね!

 ……リディ姉すっごい堅物まじめだから、ナナにお礼言われると律儀りちぎに毎回返しそうだなー。おめでとう、ありがとうが延々と繰り返される光景みらいが目に見えるや……。


 「ディー姉は……」


 ナナのこと大好きだからね、と言おうとして五感が何かを捉えた。

 ありゃりゃ、何もこんな時にまでとも思うけど、こんな時だからこそ、かな。一年の中で警戒が一番強くて、だからこそ弱くなるタイミングだから。


 もっとナナと喋ってたかったけど、間接的にナナの将来を守ることでもあるからやっぱ見逃せないかな。


 「ナナ〜、お姉ちゃんちょっと用事ようじ出来ちゃって行かなきゃいけないみたい。ゴメンね〜」


 その腰に優しく手を添えると、軽く持ち上げてそっと地面に下ろしてあげる。

 それから、ずっと風景に紛れていた侍女に声を掛ける。


 「ファナ〜」

 「はい」


 即座に音もなくいつのまにか近寄ってきたファナ。どう考えても呼ばれる前に準備してるんだけど、どうやってるんだろうね。


 「ナナをお願い」

 「かしこまりました。エリアニーネお嬢様はどうされるのですか?」

 「ちょっと野暮用おさんぽ〜。大丈夫大丈夫、学園のこの敷地なかからは出ないから」

 「では、旦那様と奥様に聞かれた際はそのように伝えておきます。お気を付けて」

 「はいは〜い」


 さーて、可愛い妹とついでにお国の為に、鼠さんの確認といきますか。

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