後は任せても良いでしょうか -ファナ-

 本日はリーネリーシェ様にリディーシアお嬢様のことをお任せし致しましたので、珍しくお世話をする相手が御座いません。なので、他の侍女達のお手伝いで荷物運びをしていました。


 それが一段落着いたので次は何をしようかと渡り廊下を歩いていると、空から何かが降ってくるのが目に入りました。

 逆光で良く判別することが出来ませんでしたが、目線の高さまで降りてきたところでようやく正体が分かりました。それは、紙で出来た鳥でした。


 空中をまるで滑るように降りてきた重さの無い鳥を手に取り、折り畳まれていたそれを開いていきます。これは、遠くの人に意思を伝える魔法の一つです。この方法を採るのは、恐らくキニャですかね。

 折り目が付いていて綺麗な四角に戻しきれなかった真っ白な紙。そこに書かれている内容に目を通し、事の顛末てんまつを把握しました。着替えや身嗜みだしなみ用品を手早く纏め、すぐさまリディーシア様の元へ向かいます。


 「いらっしゃいませ〜!」


 そして辿り着いた先に待ち受けていたのが、これ。

 案内された病室の扉をノックした所能天気な声と共にその扉が開き、見慣れた顔が飛び出してきてつい顔が引きるのが分かります。


 その存在を何も無かったことにして中に入ると、ベッドに腰かけるリディーシアお嬢様の元へ一直線に向かいます。事前の手紙にも書いてありましたが、微かに傷が見受けられるものの大事無いようで改めてホッとしました。最低限整えられているものの、お召し物に汚れとしわは付いてしまっていますが。


 「遅くなり申し訳御座いません」

 「いいえ、来てくれてありがとう、ファナ」


 一見落ち着いているようですが、その実お元気がありません。あれだけ気合を入れていらっしゃいましたから。


 それから傷を目立たなくする為のメイクを施したりお着替えを手伝っている間も空返事が目立っていました。これはかなり気落ちしているようですね……。

 どうして元気付けたものが。そう思案していると、それまで黙ったままだった元気娘が突然口を開きました。


 「リディーシアお嬢様」

 「キニャ……。どうしたの?」

 「も~~~、そんなショボくれた顔をしてたらダメですよぅ。せっかくのおめでたい日なんですから~」

 「ショボくれてなんて……。それに、こんなことになった後でめでたいなんて……無理よ……」


 キニャの軽口も通じず、しまいには涙目になってしまうリディーシアお嬢様。どうにかフォローしようと動きかけた所で、キニャが私に任せてとばかりにチラリと目配めくばせを送ってきました。

 ……ここは任せてみましょう。


 「そうですか、無理ですか〜。で・す・が、その無理をどうにかしちゃう魔法を使えちゃうんです私!お嬢様、ちょっと目をつむっていただけますか?」

 「え、ええ」


 まぶたをゆっくりと閉ざしたリディーシアお嬢様。その左手側を通り、靴を脱いでベッドに上がるキニャ。丁度二人が同じ方向を向くように真後ろに陣取ると、その小さな手を目線の高さまで持ち上げました。


 「ちょっとだけ失礼しますね」


 そう言って素早い手付きでその鮮やかな髪に変化を付けていたライトグレーのリボンをほどき、セットされていた髪を一旦崩してから再度仕立て直し始めました。


 「く~る~く~る~くるるるる~♪」


 上機嫌に自作であろう歌を口ずさむキニャ。その悠長なテンポとは裏腹に、その手は恐ろしく手際良く動き見る見る内に形が整っていきます。……その手際の良さに若干の嫉妬を抱いてしまう程に。


 「ね~じ~ね~じ~ねじねじね~♪まとめてまとめてくるりんぱっぱっ♪」


 そう言っている内にも作業は進み、すぐにその完成形が姿を現しました。そして整え終わった髪から手を離し、何かを取り出したようです。


 「そっしてさいごにかっざりつけ~♪と、出来ましたよ~!」


 恐る恐る目を開けるリディーシアお嬢様。靴を履き直し、その手を引いて姿見の前へエスコートするキニャ。私も、お嬢様の後ろで鏡を広げてそのお手伝いをしましょう。

 綺麗に仕立て直された髪型は、首元で三つ編みとロープ編みが絡み合ったボリューム感のあるポニーテール。だが、大事なのはそこではありませんでした。


 「これ……」


 そう言って、後頭部に伸ばしたリディーシアお嬢様の指先がそれを捉えます。編まれた髪と髪の交差点。そこに飾られた、墨色のリボン。あれは……。


 「お分かりになりますか?」

 「うん……」

 「如何ですか?キニャちゃん作、リーネリーシェお嬢様ヘアは」


 そうだ。あれは以前見た、リーネリーシェ様の髪型にそっくりでした。それも、確か……。


 「今回はサービスで、あの時使っていたリボンをお付けしておりま~す」

 「これ……あの時の……」

 「そうですよ~。リーネリーシェお嬢様が高等部の進学式ので身に付けていたものをそのままお持ちしました~!髪色が違いますので少し埋もれてしまうかもしれないですけど」

 「これでいい……ううん、これがいい」


 両拳をきゅっと握り合わせるリディーシアお嬢様。その瞳には先程まで浮かんでいたような諦観ていかんの念はどこにも無く、ただただ活力だけが溢れていました。

 魔法の効き目は抜群だったようです。この時ばかりは、素直にキニャに感謝しました。私では、そのお気持ちを払拭ふっしょく差し上げることなど出来なかったと思うので。


 「さ、では余裕も然程ある訳ではありませんから、そろそろ会場に向かいますか!念の為私も着いていきますけど、お足は大丈夫ですか?まだ痛いようでしたらさっきみたいに私が抱っこして……」

 「大丈夫!大丈夫だから心配しないで!」

 「あらら〜、振られちゃいました。さっきは子猫みたいに大人しくて思わず自室に連れ帰りそうになる程お可愛かったのに……」

 「キニャ!」


 すっかり元気が戻ったリディーシアお嬢様のご様子に、胸をそっと撫で下ろします。残念ですが、後はキニャに任せるとしましょうか。


 「一度だけ!もう一度でいいから抱っこさせてくれませんか!」

 「お こ と わ り し ま す !」


 留まることを知らないキニャに後は任せても良いでしょうか、という意を込めてそっと目配せをします。その返事は、力強いサムシング。……あのドヤ顔だけはどうにかならないでしょうか。


 「リディーシアお嬢様。この後のことは全てキニャに託しますので、私はここで失礼させて頂きます」

 「うん、分かった。わざわざありがとう」

 「勿体ないお言葉です」


 そうしてその場を後にしました。成り行きとはいえキニャをお借りしてしまいましたので、今日の所はリーネリーシェ様のお供を務めることにしましょうか。

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