白狼さん、少女と共に騎士になる
蕾々虎々
プロローグ
「キア、わたし決めた!騎士になるよ!」
直角に切り立った崖の上。無数の山々に囲まれ、見渡す限り新緑で覆いつくされているこの地で、少女は高らかに宣言した。
雲一つなく
声を発した少女は薄っすらと日に焼け、小柄ながらその手足は細すぎず健康的な肉付きをしている。後頭部で無造作に纏められた髪は栗色で、はっきりと見開かれた瞳は同じ色をしていた。
そして、その表情は頭上で照り付ける太陽に負けず劣らず輝いていて、その瞳からは一切迷いのない強い意志が伝わってくる。
そんな少女の前触れの無い宣言に、思わず漏れそうになった溜息をどうにか堪える。
(あの騎士の影響か)
ダキアは二週間程前の出来事を思い出す。左腹部から右の脇腹にかけて広がる、つい先日快復したばかりの傷跡が疼くのを感じながら。
あれは、今思い出してもまさしく絶体絶命の危機であった。
自分達を遥かに上回る体躯。空気そのものに撃たれるかのようなけたたましい咆哮。樹木を軽々圧し折ってしまうその膂力。こちらを餌としか捉えていない鋭く冷たい眼光。
絶対的な捕食者を前に、防衛本能で震える身体。隣にいる少女を守らなければという強い意志が、恐怖に負けそうな精神を支えてくれた。
――思い出すだけで身震いがする。
万に一つの奇跡が無ければ、自分たちはあの時死んでいただろう。
だからこそ。その万に一つの奇跡を体現したその姿に溢れるばかりの感謝と、憧憬を抱いた。この何でもあり、何も無い辺境の地で、初めて目にした眩い光を前に心を囚われてしまうのは無理も無いことだった。
その気持ちは、良く分かった。
彼等を助けてくれた凛々しく、強く、格好良いあの騎士に、ダキアもまた同じ思いを抱いたのだから。
気付けば思考の海に潜り込んでいた彼を、少女は何も言わず待っていたらしい。丁度それから抜け出した所で、彼女の口が再び開く。
「だから、キアも一緒に行こう!!」
先程と変わらぬ、溢れんばかりの未来への夢を感じさせる声で。
少女とは長い付き合いだった。ずっと共に暮らし、共に育ち、共に駆け、共に笑い、共に泣き。時に無茶もしたし一緒に怒られもした。
二人で居た時間を数えるより、居なかった時間を数えた方が早いだろう。そう思う位には、少女と共にあった。
そんな自分の片割れとも言える相手が、そんな言葉を口にした。そのことに、ダキアはどうしようもない反感を覚えた。
共にあることなど、当然であろうと。一緒に行くことなど、わざわざ口にするまでもないだろうと。
自分のことを何でも分かっていてくれると思っていた相棒がそんな分かり切ったことを改めて聴いてくることに、いささか拗ねていたのだ。
だから、遺憾の念を伝える為に大きな声を出す。その声に驚いたのか、そこらで気ままに羽を休めていた鳥達がバサバサと飛び立っていく。
その声を間近で受けたナリアも驚いたように身を震わせ、そして笑った。そのまま、勢いよく首元に抱き着いてくる。
「ゴメンゴメン、怒んないでよ~。そりゃ分かってたけどさ、大事なことだしちゃんと言葉にしておきたいじゃん!」
満面の笑みを浮かべたままぐりぐりと頬擦りをしてくるナリア。
「それに……」
抱きついてきたばかりだというのに忙しなく動き回り、またもや元の位置まで戻るナリア。そして背筋をピンと伸ばして真っ直ぐ立ち、右手を胸に当てて似合わぬ真面目な顔をした。
「騎士の叙勲みたいで何か格好良いでしょ?」
そう言って、その表情を悪戯っ子のような笑みへころっと変化させた。
騎士なんて幼い頃一緒に読んでもらった絵本程度の知識しかないはず。その大半は空想といっていいものだ。呆れて物も言えない、と言いたいのは山々だが、少し分かってしまったのが悔しい。ずっと一緒だったので、そこらへんの趣味嗜好も似てしまうのは仕方ない。
それが伝わったのか、ナリアはここぞとばかりに茶化してくる。
「ねー、分かるでしょ。ほら~、キアだって格好つけてたじゃんかー。楽しんでたくせに~、素直じゃないな~」
気恥ずかしさに包まれながら、それを誤魔化す為に有無を言わせぬ勢いで勝負を持ち掛ける。十キロ先のハシェの樹が群生する場所へ先に付いた方が勝ちと、返事も待たず駆け出す。
「ちょ、キアずるーい!わたしが勝ったら罰として熟してない酸っぱーーい実を食べてもらうからねー!」
そういってナリアもその後を追いかける。太陽を浴びて雪原のように白く輝く、白狼の後を。
―――少女と白狼の物語は、こうして始まった。
白狼さん、少女と共に騎士になる 蕾々虎々 @lyanancy
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