第574話 鬼瓦くんと末永くお幸せに

 今年も終わろうとしている、12月29日。

 俺は鬼瓦くんに呼び出されて、もはやお馴染みの流れでリトルラビットへと向かっていた。

 きっとのろけ話でも聞いて欲しいのだろう。


 いいとも、存分に聞こうじゃないか。


 遠回りばかりしていた親愛なる後輩たちが、ついに一歩踏み出したのだ。

 存分にのろけると良い。


「あら。公平じゃない」

「公平先輩! 今日も寒いですねー!」


 リトルラビットに向かう道すがら、氷野さんと花梨に遭遇。

 これは偶然だと思い、どこに行くのかと尋ねたら、目的地が被っていた。


「おう。俺以外も誘っていたとは。鬼瓦くんめ、さては幸せを大規模で見せつけるつもりだな」

「心菜と美空ちゃんも誘ってくれたのよ。残念だけど、心菜は水泳の合宿。美空ちゃんは実家に帰省で来られなかったけどね」


「まったく、鬼瓦くんにも困ったものですね! あたしたちみんな恋人がいないのに。見せつけてくれるんですから!」

「冴木花梨なら男なんて引く手あまたでしょ? 適当に選びなさいよ」


「やですよー! あたし、初恋を超える恋が来るまでは恋愛しないので!」

「立派な考えね! 私も当分は仕事が恋人かしら。男に頼る日が来るとは思えないけど」


 3人で雑談をしながら歩くと、リトルラビットまでの2キロなんてあっと言う間である。

 こうして気軽に会って話ができるのもあと数か月で終わり。

 それからはみんなそれぞれの道へと舵を取る。


 寂しいけど、それが大人になる事なのだろう。



「すみません。年の瀬のお忙しい中、僕たちのためにお時間を作ってもらってしまいまして」


 リトルラビットには、鬼瓦くんと鬼瓦さん。

 実に分かり辛いので、旧姓で呼ばせて頂く。


「みゃーっ! みんな遅いのだーっ! わたし、先に始めてるよぉー!!」

「お前……。そんな飲み会みたいなノリでケーキ食ってんじゃないよ」


 既にリトルラビットは年末年始の休みに入っており、今日は俺たちの貸し切りなのだとか。

 併せて、土井先輩と天海先輩もお呼びしたがお店の都合で来られなかったと鬼瓦くんは告げる。


「鬼瓦武三と鬼瓦真奈、入籍おめでとう。良かったわね、軟弱者がやっと気合を入れてくれて。待ちくたびれたでしょう?」


 氷野さん、手荒い言葉で祝辞を述べる。


「い、いえ、そんな! 私、武三さんの事、信じてましたから!」

「僕もだよ、真奈さん。待たせてごめんね」


「もぉー! 早速イチャイチャするんですからぁー! 10日前くらいまで、今にも死にそうだったのに! 公平先輩みたいに!!」


 花梨さん?


「ゔぁあぁっ! お恥ずかしい! 桐島先輩も、キャラを被らせてすみませんでした!」

「おう。別に死にそうなキャラを売りにした覚えはねぇけど、気にすんなよ」


「今日は、お世話になった皆さんに感謝の気持ちを伝えたくて、こちらにあるスイーツ、全てをお好きに食べて頂けたらと! さあ、ご遠慮なく!!」


 ショーケースには色とりどりのケーキ、そして様々なスイーツが並ぶ。

 普通に営業できるレベルの量である。


「こんなに俺らで食い切れるかな? 余らせちまったらもったいねぇぞ?」

「3日ほどなら日持ちがするように仕上げておりますので、ご家族へのお土産にもどうぞ。大みそかまでなら何度食べに来ていただいても構いませんよ!」


 なんという大盤振る舞い。

 そういうことならば遠慮をするのが無粋と言うもの。


 俺はチーズケーキとラズベリーのタルトを頼んで、テーブルに座る。

 すぐに勅使河原さんがミルクティーを持って来てくれた。


「コウちゃん、たったそれだけしか食べないの!? あーむっ。もったいなーい! あーむっ! 武三くん、プリンが食べたいのだーっ!!」

「お前、既に皿が4枚あるんだが。いくら美味くてもよくそれだけ食べられるな」


「いえ、やはりたくさん食べてもらえると嬉しいですから。桐島先輩の分もお持ちしました。氷野先輩と冴木さんのお皿もこちらに」


 鬼瓦くんがホテルのビュッフェを仕切る料理長のようにキビキビと動く。

 ここのところ本当に元気がなかったので、元通りになって何より。


「迷っちゃうわよね、こんなにあると。でも、心菜にお土産ができるのは嬉しいわ。あの子、きっと水泳頑張っているから、甘いもの喜ぶと思うの」

「心菜ちゃん、水泳の強化選手になったんだよね。いやー、すげぇな。おう、花梨」


 最後にテーブルにやって来たのは花梨。

 その表情は何やら険しい。眉間にしわが寄っている。


「もぉー。年末年始はただでさえ太りやすいのに! こんなに美味しそうなのたくさん並べるなんて、乙女に対する挑戦ですよぉ! そう思いませんか、みなさん!!」


「あーむっ! あーむっ! あーむっ! 武三くん、おかわりーっ!!」

「大丈夫よ、冴木花梨。あんた、少しくらい太ったって分かりゃしないから」



 氷野さん、数年ぶりに地雷を踏みぬく。



「……あたし、もう太ってます? 実は帰省して来てから、ご飯が美味しくて……。マルさん先輩、あたし太ってます?」

「ひぃっ!? ち、ちが! 公平、公平!! た、たしゅけて!!」


「そういやあ、鬼瓦くん。ちょいと気になってたんだが」

「ちょっと! なに無視してんのよ!! あんた、それでも親友!? ねぇ! 公平!!」


「マルさん先輩は、あたしと一緒に年末年始のダイエット計画を話しましょうね?」

「いや、嫌ぁぁぁ! 私、別に痩せなくていいもの! あ゛っ!! 違うの、今のは違うの!! 別に、冴木花梨だけダイエットしてろとか、そーゆうんじゃ! ああっ!?」


 スイーツ食いながらダイエットの話をするとか、女子ってのも大変だ。

 氷野さんの霊圧が消えたところで、改めて確認をば。


「鬼瓦くん、まだ大学1年残ってんじゃん? ご両親は隠居した訳だし、店って勅使河原さんだけで回せるのかなって」


「ご心配ありがとうございます。僕はもう単位をほとんど取り終えていますから、週に1度登校するくらいで済みそうなんです。それに、助っ人もいますし」

「助っ人?」


「みゃーっ! わたしなのだっ! 実はね、年明けからここでアルバイトするのっ!!」

「マジか! いやぁ、良かったなぁ! 毬萌的にも! 脱ニートじゃねぇか!!」


「うんっ! 週1のアルバイト! 武三くんと真奈ちゃんの2人体制が軌道に乗ったら、すぐにヤメるよ!!」



 限りなくニートのままだった。俺にぬか喜びさせおって。



「あの、それでも、私はとっても、心強いですから! 毬萌先輩!」

「うんっ! 任せてー! できるだけ在庫を残して、わたしがお持ち帰りするんだっ!」

「ちゃんと働いてあげてくれ……」


 リトルラビットの今後については納得。

 ならば、最後にこれは聞いておかなければならないだろう。


「で、2人はいつ結婚式すんの?」


 鬼瓦くんにこの質問をすると、いつも「ゔああぁあぁぁぁぁっ!!」と叫んで、顔を青くしていた。

 だけど、今の彼ならば!


「ゔぁあぁぁああぁぁっ!! ヤメてください!! 桐島先輩!!」



 うん。どうしたの?



「聞いてもらえますか? 私、結婚式にはこだわりがあって。海の見えるステキな教会にずっと目を付けていたんです。それなのに、武三さんったら、式をあげるのは大学を卒業して、店の収入が安定したら、とか言うんですよ? もう既に安定しているのに。これって逃げですよね。結婚式は乙女の憧れなのに、武三さんったら酷いんです。せっかくウェディングドレス特集のゼクシィ買ったのに」


「鬼瓦くん。なんつーか、結婚するのって大変なんだな。君はいつも俺に色々な事を教えてくれるよ。おう、これからも応援してる」


「ちょっと、桐島先輩!? なんですか、その距離のある感じ! 傍にいて下さいよ! 僕には桐島先輩抜きの人生なんて考えられないんです!! お願いです!!」



 俺にプロポーズするの、ヤメてもらえるかな?



 次のステージに進んだ2人。

 しかし、順風満帆とは言えないようで、まだまだ苦難の船旅は続きそう。

 だけど、荒波を楽しんでこその夫婦。


 鬼瓦くんと勅使河原さん。

 2人が宝島に到着する未来はそんなに遠くないかと思われた。



 とりあえず今のところは、月並みだけどこんな言葉で締めさせてもらおう。


 どうぞ、末永くお幸せに!





 鬼瓦くんif結婚までの道ルート、完。

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