第573話 鬼瓦くんとプロポーズ

 クリスマスイヴがやって来た。

 サンタクロースが今晩は忙しさの最盛期を迎えることになるのだが、今年のクリスマスイヴは俺にとっても重要な1日である。


 とは言え、俺の責任なんて彼の重圧に比べればタンポポの綿毛も同じ。



 そうとも、本日は鬼瓦くんが勅使河原さんにプロポーズする日である。



 サンタクロースも子供たちにプレゼント配りに行く前にちょいとこっちに寄って行って、最初の贈り物を俺の親愛なる後輩たちにあげてくれないか。

 彼らはもう子供ではないが、日頃の行いの正しさと心根の清らかさは俺と、あとはゴッドも保証するので、どうかひとつ融通してくれないか。


 そんな願いを寒空の向こうに託していると、毬萌の家に到着していた。


「にははーっ。コウちゃん、おはよーっ!」

「おう。もう昼過ぎだけどな。お前、今まで寝てたのか」


 アホ毛がぴょこぴょこ元気なので、答えを聞くまでもないかと思われた。


「だって、今日は大事な日だもんっ! わたしの大切な後輩たちが、愛を形にするんだよっ! 色々と準備も完了しているのだっ!!」

「準備ってなんだ。心の準備か? 俺も多少重圧を感じないでもないが、プレッシャーに押しつぶされそうなのは鬼瓦くんだろ」


 今頃きっと、「ゔぁあぁあぁぁぁっ」と哭いている。

 早いところリトルラビットに行ってあげなければ。


「コウちゃん、良かったねーっ! クリスマスイヴに独りぼっちじゃなくて! 4年ぶりなんじゃない? 家で寂しくチキンとケーキ食べる以外のイヴって!!」


 反論できないのが悔しいが、もうじきニートになるヤツにこんな事を言われっぱなしにされるのは屈辱である。


「お前はどうなんだよ」

「わたし? クリスマスなんておうちにいるに決まってるじゃん! 人混みが発生しやすくなるって言う事は、それだけ怪我したり、病気に感染したりするリスクが高まるんだよ? インフルエンザだって流行する時期なんだから、家にいるのが一番!!」


 実に知的なお答えをたまわった。

 どうしてこいつはニートになるのだろうか。



「こんにちはー。どうも、桐島でーす」

「みゃーっ! 武三くん、来たよーっ!!」


「ずびばぜん、お二人とも。僕のだべにお時間をぢょうだいじてじばっで。もう少し余裕がありばずがら、お菓子でもづばんでいでぐだざい」



「おう。時間のゆとりはあっても、君の心にゆとりはもうねぇな!!」



 本番を迎えたら意外としっかりそつなくこなすのが俺の知ってる鬼瓦くんなので、今回も多分そんな感じだろうと思っていたら、そんなことなかった。

 小刻みに揺れる鬼瓦くん。


 それに合わせて、ケーキのショーケースが激しい振動にさらされていた。

 クリスマスイヴなのにケーキが崩れちゃ大変だと思い、俺は鬼瓦くんの手を握った。


「落ち着け、鬼瓦くん。もう準備はしてきたじゃねぇか。あとは成果を発揮するだけ。なぁに、高校時代から色んなピンチを乗り越えてきただろう?」

「ぎ、ぎりじばぜんばい!!」


「ああああああああああああああああ!!! 手がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 とりあえず、手を握り返されたら危うく指の関節が全部外れるところだった。

 それから、毬萌はケーキを2つ食べた。俺の金で。

 しかし、どうやらそれも計算のうちだったらしく、毬萌がケーキを食べ終わった数秒後が俺たちの出陣する時刻であった。


 なんという時間の有効活用。


 勅使河原さんについては、既に宇凪中央公園に呼び出す手筈が整っている。

 中央公園には、彼らの定番デートスポットである植物園があり、これから先の未来を約束するにはもってこいだと俺も太鼓判を押した場所。


「そんじゃ、行くか」

「みゃーっ!」

「ずびばぜん。ぎりじば先輩。運転手をさせてじばっで」


 この鬼瓦くん小刻みバイブレーションエディションにハンドルを握らせるのはあまりにも危険。

 今日だけは、鬼のパジェロを俺が駆らせて頂く。



 宇凪中央公園まではだいたい15分のドライブで到着する。

 その間にも鬼瓦くんの容体は悪くなる一方だが、俺には氷野さんから預かったフリスクを提供するくらいしかできない。


 結局鬼瓦くんのコンディションは最悪のまま中央公園に到着。


「俺ぁ車停めて来るから、毬萌は鬼瓦くんと一緒にその辺にいてくれ」

「了解なのだっ! 武三くん、頑張れーっ!!」

「ゔぁ、ゔぁい」


 中央公園の駐車場は有料となっており、しかも敷地の端にあるため色々と時間を食ってしまった。

 約束の時間は2時。あと5分しかない。

 急がなければ。俺は小走りで先ほどの場所へと戻って来ると。



「ま、真奈さん! 僕ぁ、僕ぁ!! ずっと、君に言わなくちゃいけない事があったんだ!!」



 既にクライマックスが始まっていた。

 ちょっと、プロポーズは公園の噴水広場でするんじゃなかったの?

 ここ、さっき俺が『その辺』って言った場所のままなんだけど。


「た、武三さん……。うん、聞かせて?」

「ゔぁい! 口下手な僕だけど、頑張って伝えるよ!!」


 始まったからには仕方がない。

 俺は、立ち会っている毬萌行司ぎょうじの隣へとこっそり合流。


 毬萌さんの言う事にゃ、俺たちが立会人になる事は既に勅使河原さんにも了承されているらしい。

 相変わらず、仕事は完璧な次世代を担うニート。


「僕は、ずっと自分に自信がなくて。そんな僕を、真奈さんはずっと見ていてくれて。僕が愛情を友情だと勘違いしてる間も、そして、今日まで散々待たせてしまった間も! 君は、愛想を尽かさずに待っていてくれて!!」


 通行人が足を止めてこちらを見物し始めている。

 ドラマとかでよくあるヤツだ。

 すごいな。こんなシチュエーションって本当に起きるんだ。


「だから、これからは、僕が! ゔあぁあぁぁっ!! 僕が!! 真奈さんをずっと守っていきだゔぁあぁぁぁんっ! 失敬。守らせてくれないでしょうか!!」


「武三さん……」


「待って! 返事を聞く前に、これを! 今日のために、色んな人が協力してくれて作る事ができた、僕の差し出せる形のある愛。特に桐島先輩にはお世話になりっぱなしで! 僕たちの出会いも、思えば先輩たちのおかげだったよね? だから、先輩たちの見ている前で、もし、もしも僕が君に相応しい男だったら、それを指にはめてくれないかな!?」



 鬼瓦くん、一世一代の大仕事を完璧にやってのける。



 台本のないセリフは、なるほど拙く、ドラマチックではないかもしれない。

 だけど、彼の誠意と愛情がふんだんに盛り込まれた言葉が、彼の事を誰よりも近くで見て、ずっと寄り添ってきた彼女に届かないはずがないのだ。


 思えば、この道中は出来レースのようなもの。


 だけど、こんなに真剣な表情で走るランナーがいれば、出来レースだろうが何だろうが、沿道に立つ俺たちは声を枯らして応援するだけなのだ。

 そうこうしていると、その時が来た。



「はい! 私、武三さんと一緒に、ずっと一緒に、います!!」

「ゔぁあぁぁっ! 真奈さん!!」



 鬼瓦くんのプロポーズ大作戦、ここに完遂する。

 通行人が拍手を送る。本当にこんなドラマみたいな演出が起きるなんて。


 すると、毬萌が2人に駆け寄って、紙を取り出した。

 何するのかしら?


「はい! 婚姻届け! 武三くんの方はもう書いてあるのだっ! 真奈ちゃん!!」

「えっ、あっ! ま、毬萌先輩……!」


 なんという小粋な演出。

 こんにゃろう。俺に内緒でそんな準備をしていたのか。


 俺も何か気の利いた言葉をと探していると、スマホが震えた。

 発信者は花梨。


「おう。こちら桐島。どうした?」

『上手くいったみたいですねー! まったく、鬼瓦くんにも困ったものです!!』


「えっ!? なんか見てたみたいにタイミングが良いんだけど!?」

『見てましたよぉ! 気付きませんでしたか? 今、公平先輩の周りにいる人たち、全員うちの使用人の皆さんです! 雰囲気づくりに協力させてもらいました!!』


 生徒会シスターズの手腕には脱帽するしかない。


 鬼瓦くんと勅使河原さんは今、幸せの絶頂を噛み締めるべく抱き合っている。

 ならば、この事実は俺のうっすい胸の内に秘めておこう。


 鬼瓦くん、俺たち男子チームは、未だに生徒会の中でしてやられる方らしいぞ。


 なにはともあれ、おめでとう。

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