第572話 鬼瓦くんと準備完了
鬼瓦くんの注文していた指輪が届いたと言う知らせを受けたのは、12月22日の事だった。
早速、彼と一緒にアマンドへと出掛けることにした俺である。
「やあ。お待ちしておりましたよ、桐島くん。そして鬼瓦くん。どうぞ、お入りになってくださいませ。あちらで天海が相手をしているお客様がお帰りになられたら、すぐにご注文の品をご用意いたしますので。申し訳ございませんが、しばしお待ちください」
俺たちは「お気遣いなく!」答えて、店内でウィンドウショッピングを楽しむ。
アマンドに置いてある服は、俺のように社会人になろうとしているにも関わらずオシャレレベル1のオシャンティーからかけ離れた存在でも、「あれ、これなら俺にも着られるんじゃないかしら?」と思えるものが混じっている。
これはものすごいことである。
服と言えばユニクロとGAPとライトオンで店員さんに「恥ずかしくないヤツを見繕って下さい!」と元気よくお願いする俺。
セレクトショップなんて、敷居が高すぎて入口が見えない。
それなのに、アマンドはオシャレ上級者からオシャレスライムベスまで、全てを優しくカバーしてくれる。
まるで土井先輩と天海先輩のお人柄そのものではないか。
「いや! すまん! 待たせてしまったな! お! 桐島くん、そのコートに目を付けたか! さすがだな! それはイタリアのブランドなのだが、少し古いモデルでな! 安価で仕入れる事ができた1点ものだぞ! 細身の君にもよく似合うだろう!!」
「買います!!」
鬼瓦くんのために来店したのに、俺が先に買い物をした。
アマンドに来る度にオシャンティーに磨きがかかっている気がする。
困ったな。街でファッション誌の取材を受けたらどうしよう。
「鬼瓦くん。こちらがご注文の品でございます。ご確認いただけますか?」
「ゔぁ、ゔぁい!!」
緊張の面持ちで先ほどから俺のスタンドみたいになっていた彼が、ようやく言葉を発した。
「鬼瓦くん、俺も見ていい?」
「もちろんです! というか、そのためについて来てもらったんですよ!!」
そうだったのか。
俺はてっきり、「オシャレの階段をまたひとつ上りなされ」と言う事かと思っていた。
「おう! なんか黒い! こんな色の指輪ってあるんですね!」
「鬼瓦くんたっての希望で、出来る限り希少でオンリーワンのものを、と言う事でございましたので。
「これはタンタルと言ってな! 売り文句は宇宙で2番目に少ない元素だ! 一般的に流通はあまりしていないはずだから、きっと鬼瓦くん夫婦の絆を自慢するにも充分な資格を持っているのではないか?」
俺は「タンタルですか」と言いながら、失礼してグーグル先生に質問した。
結構上の方で「削ったり加工したりするのが超大変」という情報がヒットした。
その旨を土井先輩に伝えると、にっこりと微笑む。
「そのための腕の良い職人との繋がりですので。わたくしどもの店は、お客様の要望に対して、できませんだけは絶対に言わないという理念のもとに立ち上げました。桐島くんも指輪がご入用でしたら、いつでもお申し付けください」
これは惚れてまうやろー案件。
こんな笑顔で話しかけられたら、怪しい
それはそうと、鬼瓦くんの様子はどうだろう。
「……素晴らしいです」
じっくりと時間をかけて指輪を見ていた彼が、ポツリと呟いた。
もしかすると、勅使河原さんとの将来について思いを馳せていたのかもしれない。
「あの、よろしければ、このダイヤを見て頂けませんか?」
「えっ!? 鬼瓦くん、この間の宝石、持って来てんの!?」
「はい。こちらに」
「ハンカチに包んで!? いや、君が良いなら良いんだけど、大丈夫!?」
俺が口を挟むのも筋違いだと思い、「すまん」と頭を下げて様子を見守る。
今日の俺の任務は、正しいタイミングでのツッコミと理解している。
「拝見いたします。ふむ。実に滑らかな断面ですね。よろしければ、リングにお付けしましょうか?」
「えっ!? 土井先輩、そんなことまでできるんですか!?」
今のは適切なツッコミだと自信を持って言える。
「はっはっは! うちの土井くんを甘く見てもらっては困るぞ! 彼はアメリカでジュエリー職人の修行も一通り終えているのだ! 実は師匠もいるのだよ!」
「蓮美さん、お耳汚しですよ。わたくしなどは大したものではございませんが、技法を学んだ師匠の元で、このリングを制作して下さったアブレイユさんとは出会いました。彼ほどの腕はありませんが、わたくしでよろしければ、サービスで
鬼瓦くんが「お願いします!」と言うと、土井先輩は「かしこまりました」と答えて店の奥に引っ込んで行った。
6時間ほど時間をかけたいと言う土井先輩。
それをサービスでしてくれると言うのだから、あのお方の器のサイズはとても俺などには計り知れない。
「げっ。鬼瓦くん! 普通のジュエリーショップだと、石留めってヤツをしてもらうだけでも2週間とかがざららしいぞ!」
「そ、そうなんですか!? 知りませんでした……」
俺たちは駅前通りのスターバックスでコーヒーを啜りながら、驚愕の事実に目を見開いていた。
そんな事も知らないのかと言いたそうなゴッドの視線を感じる。
それじゃあお聞きしますけどね、ゴッドはご存じなんですかと。
知ってた? それは失礼な事を言って申し訳ない。
知ってたなら教えてくれりゃあ良いのに。
「みゃっ! コウちゃんっ! 武三くんもっ!」
「出たな、ニート女子」
道沿いの席に座っていた俺たちの前を、アホ毛がぴょこぴょこ通過したなぁと思ったら、次の瞬間には俺の背後に毬萌がいた。
「ニートじゃないもんっ! まだ女子大生だもんっ!!」
「お前なぁ。同級生は社会に羽ばたく準備してんのに、恥ずかしくねぇのか?」
「コウちゃん! 恥ずかしいと思うような事をわたしが選ぶと思うの!? 自分の選択に恥を覚えるくらいなら、最初からしないに決まってるじゃんっ!!」
「お前みたいに堂々としたニート候補生を俺は知らないよ」
鬼瓦くんの指輪が出来上がるのを待っていると毬萌に伝えると、何の迷いもなく「じゃあ、わたしも一緒に行こーっ!」と勝手に仲間に入ってきた。
「用事あるんだろ」と言って追い払おうとしたら「ニートの用事は時間を潰す事なのだっ!」と胸を張った俺の幼馴染。
それに留まらず、キャラメルマキアートを要求してくるのだから、飽きれるを通り越していっそ尊敬まである。
まあ、鬼瓦くんの気が紛れたようだし、結果オーライと言う事にしておこう。
そののち、3人でアマンドへ。
出来上がった指輪を確認して、嬉しそうに表情を緩ませる鬼瓦くん。
笑った鬼神。
鬼瓦くんが指輪のリング代のみを支払って、今日のところはお
あのまま雑談していたら、毬萌が「ねね、コウちゃん、あれ可愛い!」とか言い出すのは目に見えていたからだ。
宵越しの銭は持たない、粋なニートの毬萌さん。
リトルラビットに帰還すると、鬼瓦くんが俺と毬萌に頭を下げた。
何事かと思えば、何やら頼みがあると言う。
「おう。ここまで付き合ってんだから、何でも言ってくれ。乗り掛かった舟だからな! 最後までとことん付き合うぜ!」
「みゃーっ! わたしも! 時間だけなら売るほどあるよっ!!」
「いや。お前は帰りなさいよ。鬼瓦くんは俺に頼んでんだから」
「できれば、毬萌先輩も一緒の方が助かります」
「ほらぁーっ! 武三くんはよく分かってますなぁ! コウちゃんのバーカ!!」
「ぐっ。こいつ……。それで、何をしたらいい?」
割と気軽に聞いた俺も、結構バカだったかもしれない。
「本来はこんな事を頼む人もいないかと思うのですが。僕が真奈さんにプロポーズする時に、立会人として同席して貰えませんか!?」
結構重いヤツが来た。
一応、反論っぽい事をしておく。
「プロポーズは2人きりの方が良いんじゃねぇか? 一生の思い出なんだし」
「だからなんです。僕たちの恋は、桐島先輩と毬萌先輩をはじめ、みなさんのおかげで始まったものですから。その代表としてお二方に見届けてもらいたいんです!」
鬼瓦くんの決意は固かった。
ならば、「おう」と頷くしかない俺である。
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