第571話 鬼瓦くんとお酒

 年の瀬が近づく師走の昼。

 進路の決まった大学四年生にとって、この時期はボーナスステージ。

 毎日昼過ぎまで寝てもまるで罪悪感がない。


 起きた後も布団から炬燵こたつへスライド。

 なんて贅沢な昼下がり。

 そんな俺のスマホが震えた。


「へーい。こちら桐島」

『よっ。公平。あんた、暇でしょ? 今日の夜とか』


 氷野さんからだった。

 彼女は警察官になる夢を叶えて、来春から社会の悪を叩いて潰す正義の執行者とジョブチェンジする予定である。


 12月の上旬に宇凪市に帰って来てからは、週に1度くらい電話がかかってくる。

 用事は決まっているのだ。


「おう。飲みに行く? 俺ぁ全然平気よ? 付き合うぜ」

『さすがね! あんた、物分かりが良いのに何故か恋人に恵まれない大学生活だったわねぇ。やっぱり体かしら。腕組んだら肩の辺りから取れそうだもの』


「失敬な。俺だってモテ期の1度や2度くらい」

『高校時代に使い果たしたのよね。感謝しなさいよ? 私みたいな美人が飲みに誘ってやってるんだから!』


 氷野さんはお酒を飲まなければ確かに美人になった。

 だけど、お酒を飲むと美人も一緒に吞み込まれるんだよね。

 どうにか就職までに酒癖の改善をと思い毎回付き合っているが、ミッションクリアは厳しそうな情勢。


「おう。そうだ。よく考えたら、氷野さん! 今、生徒会のメンバーが全員宇凪市にいるよ! せっかくだから、5人で飲もうか!」

『あんた、ちょいちょい私の事を生徒会扱いするわよね』


「嬉しいくせに!」

『ええ、とっても! どうしてこんなに粋な男がモテないのか不思議だわ! サンキュー、公平! 来世ではモテると良いわね! じゃあ、連絡よろしく! お店は私が押さえとくから! そうねぇ、集合は6時! 今日はとことん飲むわよ!!』


 嬉しそうに氷野さんは電話を切った。

 全員が集まれたら良いのだが。

 俺は久しぶりにグルーブラインでメッセージを発信する。



「桐島先輩! 僕のために気を遣わせてしまってすみません!」

「おう。鬼瓦くん。早いな。いや、今回はたまたまタイミングが合っただけだよ。まあ、ちょいと気晴らしになりゃ良いなくらいは思ったけど」


 集合場所の居酒屋。

 その前にある自動販売機の横で立っていると、時間にキッチリしている鬼がやって来た。

 鬼神ぴったり。むしろフライング。


「助かります。正直、明後日には指輪も出来るとなると、いよいよ逃げ道もなくなりますから。こうして桐島先輩と一緒にお酒を飲めるなんて、最高の気晴らしです」


「鬼瓦きゅん!」

「ゔぁい! 桐島先輩!! ゔぁあぁぁぁぁぁっ!!」


 鬼瓦くんの高い高いによって明けの明星との距離を詰める俺。

 うふふふと笑っていると、呆れた声が俺の名を呼ぶ。


「公平。あんたはホントに。そーゆうとこが、多分モテない理由なのよ」

「おう。氷野さん! 今日も綺麗だな!」

「や・め・ろ! 地上2メートルから見下ろして来るな! あと、なんであんたはナチュラルに女子を口説くみたいな言動をするのかしら?」


「そう? 普通だと思うけどなぁ」


「すみませーん! 遅くなりましたぁ! 後輩が先輩をお待たせしてごめんなさい!」

「おう。花梨! 今日も可愛いな! 胸元がとってもセクシーでキュート!!」

「……あんた。舌の根の乾かぬ内に」


 こうして俺たち生徒会チームは集合時間5分前に全員が到着した。

 うん。ゴッドの言いたい事は分かっている。

 少しだけ待ってくれないか。今から電話を掛けるから。


「もしもし? 毬萌? 今、お前どこにいる? おう、待て待て。当ててやろう。布団の中だろ?」

『みゃーっ。寒いんだもんっ!』


「時計見てみ? そして、今日の集合時間を確認してみ?」

『みゃっ!? ……にははーっ。わたしとした事が。みんな待ってるよね!? 着替えないですぐ行くから!』

「待て! お前、今どんな格好してんの?」



『高校の頃の体操服だよっ!』

「ニートの正装じゃねぇか! 待っててやるから、ちゃんと着替えて来い!!」



 わずか15分で毬萌がやって来た。

 毬萌の家から2キロの場所にあるとは言え、相変わらずの体力チート。


「よし。そんじゃ、入るとするか」

「ゔぁい!」


 入店して「桐島です」と名前を告げると、店員さんが席まで案内してくれる。

 氷野さんは酒を一緒に飲む際、絶対に俺の名前で予約を取る。

 理由は「お店に迷惑かけた時に恥ずかしいじゃない」だそうだ。



「それじゃ、鬼瓦くんの結婚を祝してー」

「えっ!? 待って、待って!!」


 乾杯の音頭に待ったをかける氷野さん。

 ちょっと、そういうのは良くないなぁ。

 もう完全に俺の梯子が外されたじゃない。


「鬼瓦武三、結婚するの!?」

「おう。するする。何なら年内に籍入れるよ」


「ゔぁあぁあっ!! ぎりじば先輩!! やめでぐだざい!! 気晴らしにならないですよ!!」

 鬼瓦くん、哭きながらビールを飲み干す。


「ああ、まだ乾杯してねぇのに」

「すみませーんっ! たこ焼きとお好み焼きとフライドポテトお願いしまーすっ!!」

「ズルいですよぉ、毬萌先輩! 春巻きともつ煮もお願いしまぁす!」


 こいつら、俺の乾杯の音頭を無視して始めやがった!

 絶対「こいつぁ俺の完敗だな」とか言わせにかかっている!!


「ちょっと! 鬼瓦武三! あんたぁ! ついに結婚するの!? なんで私に言わないのよぉ! あんたぁ! ねー、聞いた公平? 鬼瓦武三、結婚するんだって!!」

「ああ。もうビール飲み干してる。ペースが早ぇなぁ。聞いてるよ。ていうか、それ言ったの俺だよ。ほんの数分前のことだよ」


「ゔぁぁあぁあっ! やめでぐだざい!! すびばぜん! 鬼ころし、ロックでお願いします!!」

「あら! あんた意外とイケる口ね! すみません、芋焼酎ボトルで!」


 店員さんに怒涛の注文攻勢を仕掛ける仲間たち。

 それを全て捌き切ったうえで「はい喜んでー!」と景気よく了解するお兄さん。

 世の中で一番頭の回転が速いのは居酒屋の店員さんだと俺は思う。


「みゃーっ! やっぱり日が暮れてから飲むお酒はおいしーのだっ!」

「毬萌。一応聞くけど、今日って財布持って来た?」

「みゃっ!?」


 父さん、お仕事お疲れ様です。

 今月の小遣いが恐らく今日でなくなります。

 社会人になったら初任給でヘッドスパに招待するので、明日5000円追加で貰っても構いませんか?


「鬼瓦くん、あなたは本当に、待たせすぎなんですよぉ。真奈ちゃんが可哀想です!」

「あ。花梨もいつの間にかカクテル2杯も飲んでる。こいつぁ荒れるなぁ」


「桐島先輩。どうしてそんなに冷静なんですか。僕ぁ、僕ぁぁぁ!!!」

「まあまあ、鬼瓦武三、焼酎でチビチビやりましょ! はい、お酌してあげるわ! 奥さんができたらこんな美人にお酌なんてしてもらえないわよ? やだぁ、誰が美人よ、バカ平!!」


「おごっ」


 氷野さんのビンタと言う名のスキンシップが俺の頬を的確にとらえた。

 この程度の事で「暴力女は嫌だ」とか言うのは、もぐりである。

 飲んで良いのは殴られる覚悟のあるヤツだけだと言う格言もある。


 むしろご褒美と思えるようになったら、俺と改めて握手をしよう。



 それから3時間後。


「僕ぁね、別にアレですよ? 結婚が嫌な訳じゃなくてですね? 中途半端な気持ちで結婚するのが嫌だったんです。分かりますか?」

「は、はぁ」


「すみません! 鬼瓦くん! 店員さんを呼ぶのは注文か会計の時だ! ええと、ビールおかわりで! いや、もうホントにすみません!!」


 鬼瓦くん、完全に酔いどれる。


 それにしては静かだって?

 そりゃそうだよ。


「…………」

「……えへへ」


 氷野さんと花梨が既に潰れているからね。


「おし。この一杯で今日はお開きってことにするか!」

「みゃーっ! じゃあ、わたしマルちゃんと花梨ちゃんをタクシーで送って行くのだ! ……コウちゃん?」


「はいはい。ほれ、タクシー代。毬萌。人の金で飲む酒は美味いか?」

「にははーっ。格別ですなぁ!」


 結構な量を飲んだのに、ひとり正常な思考力を保っている毬萌。

 テキパキとタクシーを呼んで、会計の手続きをして、「じゃあねーっ!」と爽やかに去って行った。


 俺が全員分の料金を支払って、鬼瓦くんと一緒に帰路につく。

 さすがにリトルラビットまでは送り届けやらなければ。


「桐島先輩! 僕ぁ、真奈さんを幸せにして見せますよ! 僕ぁ!」

「おう。そうだな。もう夜だから、なるべく静かにしような?」



 酔った時は本性が顔を出すと言う。

 鬼瓦くんの本性がとてもピュアで、少しほっこりする冬の夜道。

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