第570話 鬼瓦くんとダイヤモンド

 アマンドにて鬼瓦くんの結婚指輪の外側を発注してから3日。

 鬼瓦くんは次のステージへと進むべく、燃えていた。


「それで、俺がリトルラビットに呼び出された理由が今一つ分からんのだが」

「すみません。やはり桐島先輩に見てもらえていると思うと、高校時代の頃のように勇気が湧いて来るんです。ワガママをお許しください」


 なんかよく分からんが、とりあえず俺は鬼瓦くんを見守れば良いらしい。

 一体何をするのかしら。


 すると、店のドアが開く。

 今日は臨時休業にするって言っていたのに、さては看板を下げ忘れたな。

 まったく、おっちょこちょいなんだから。


「すみません! 今日はお休みなんです、おう?」


「はわわっ! 公平兄さま! あの、お店やってないのです?」


 そこには天使がいた。

 モコモコした服を着て、ふわふわしたスカートを履いた、この世の柔らかいものを全て集合させた化身のような天使が立っていた。


「はわっ。心菜たち、また来るのです!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」



 何故だろう、この魂の叫びがなんだか懐かしく感じるのは。



「はわわっ!? 兄さま? 心菜たちにお気遣いなくなのです!」

「とんでもねぇ! ケーキならあるんだ! もう、ここは俺が全責任を持つから、どうかゆっくりして行ってください!!」


「公平兄さん? ウチもおるんですよー? 心菜ちゃんにばっか夢中やと、ウチ拗ねちゃいまっせー?」

「美空ちゃん! いや、すまん! 美空ちゃんも半端ない天使力を持っているんだが、心菜ちゃんの天使力がナニして!」


「ははは! 兄さんはほんまにブレへん人ですわー。ええですよ、ウチは一般人なんで!」


 心菜ちゃんは大学一年生。

 確か、水泳の特待生で県外の大学に通っているはずだ。

 そうか、そろそろ年末も近いし、冬休みで帰省していたのか。



 言ってくれたら予定を全部空けたのに!!!



 美空ちゃんは市内の服飾関係の専門学校に通っている。

 彼女たちとはアマンドの落成式以来の再会なので、それはもうウルトラソウルをキメないのは嘘である。

 むしろ、このタイミングでキメずしていつ決めるのか。


 俺は常にベストを尽くせる人間でありたい。


「桐島先輩。どうされましたか? ああ、心菜ちゃんに美空ちゃん」

「すまん、鬼瓦くん! 天使たちにケーキを食べさせてやってくれ! 特上のヤツで頼む!! 俺にゃあ無理だ! この2人にケーキを食わずに帰れなんて、言えやしねぇ!!」


「もちろんですよ。昨日の売れ残りしかありませんが、品質は問題ないので好きなものを選んであげて下さい。お代はいりませんから」


「はわわっ! 良いのですか!?」

「ほんまに鬼神兄貴は太っ腹やわー!」

「ほんまやで! 鬼瓦きゅん!!」


 彼は何やら準備があると言ってまた奥に消えていくので、俺が責任もって2人にケーキを配膳して差し上げた。

 2人はイチゴのタルトとモンブランをご所望である。

 全国のイチゴと栗を殺し合わせて一番強いヤツを献上したいくらいの気持ちを持って、色つやの良いものを選んだつもりだ。


「はわーっ! 美味しいのですー!!」

「心菜ちゃん、タルトちょっと食べさせてー! ウチのモンブランと交換しよー!」


「むふーっ! それは良い考えなのです! 美空ちゃん、冴えているのです!」

「へっへー! ちょっとずつ食べた方がいっぱい楽しめてええもんな!」

「幸せのお裾分けなのです!」



 もう、考え方からして尊い。天使。ああ、天使。



「ほい、公平兄さん! 一口どうぞー!」

「むすーっ! 美空ちゃん抜け駆けはズルいのです! 心菜のもどうぞ、兄さま!!」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!


 この世って言うのは本当に最高のアミューズメントパークだぜ。

 ただ生きているだけで、こんなにも刺激が溢れているんだから。


「桐島先輩。用意が出来ました」

「おう。そっか」


 ところで俺は、何をしに呼ばれたのだったっけ?

 今のところ、天使を見つめて不気味な笑みを浮かべているだけだけども。



 鬼瓦くんの持って来た桐の箱の中には、なんだか綺麗な宝石が入っていた。

 あれかい? 俺ぁ箱が桐だったから呼ばれたのかな? 桐島だけにね!!

 その宝石を取り出すと、天使たちが歓声を上げた。


「はわわっ! ダイヤモンドなのです!! 大きいのです!!」

「すごいやないですか! これ、むっちゃ高いんとちゃいます!?」


「ははは。これは鬼瓦家に伝わる金剛石で、価値はそれほどでもないらしいよ」

「ほへぇー。すげぇ高そうだけどなぁ。それで、これをどうすんの? ああ、分かった!」



「ええ。さすがは先輩。これを今から天空破岩拳てんくうはがんけんでカッティングします」

「すまん。全然分かってなかった。何なら今も君が何言ってんのか分からねぇ」



 鬼瓦くんは「説明不足ですみません」と頭を下げて、その不足していた説明とやらを察しの悪い俺に教えてくれた。


「鬼瓦家の男子は、天空破岩拳でこの金剛石を指輪のサイズに砕き、磨き上げて、愛する女性に贈ると言うしきたりがあるんです」

「お、おう。ごめんな、鬼瓦くん。一応確認なんだけどさ。ダイヤモンドって人の力で砕いたり磨いたりできるもんなの?」



「ええ。天空破岩拳は本来、鉱石を砕く目的の拳法ですから」

「本当に俺が悪かった。もう差し出口挟まねぇから、続けてくれる?」



 これから鬼瓦くんは、勅使河原さんの事を想いながらその拳を振るうと言う。

 その崇高な愛の儀式の見届け人に俺は選ばれたらしかった。


 確かに、「一子相伝の拳法でダイヤモンド磨き上げました!」って言って、一体何人が信じてくれるだろう。

 ならば、証人は必要かと思われた。



 多分、俺が証言しても「こいつやべー」って思われるだけだろうけどね!



「鬼神兄さま、心菜たちも見ていて良いですか?」

「せやせや! ウチ、むっちゃ興味ありますー!」


「もちろん大丈夫だよ。ただ、危ないから厨房には入っちゃダメだからね? ダイヤモンドの破片が当たったら大変だ」

「おう。そりゃあ大変だな。よし、2人はここで俺と一緒に見てような」


 リトルラビットの厨房は天空破岩拳の奥義にも耐えられるガラスが使われている。

 その製法も誰が作っているのかも全ては一族の秘密だとか。

 多分、秘密に近づこうとした者を待ち受けているのは謎めいた死だろう。


「……はぁぁぁぁぁ。……ふんっ!!」


 鬼瓦くんが気合を入れると、腰から上の衣服が全て弾けた。

 もう本当に、世界観がナニするから、頃合いでヤメてくれないかな。


「……ゔぁらららららららららいっ! ゔぁららららららららぁっ!!」


 初撃でダイヤモンドをほんの数センチ抉り取った鬼瓦くんは、さらにその欠片に向けて拳をぶつけ続ける。

 彼の周りには細かい粒子になったダイヤモンドがキラキラと舞い散り、なんだかとても幻想的な光景に見えた。


「くっ。ダメだ! こんな、こんなものじゃないはずだ! 僕の真奈さんへの愛は!!」



 まさかのリテイクである。



「お、鬼瓦くん? それで何が不足なのか、俺にゃあさっぱり分からんのだが?」

「全然ダメですよ! まず形が良くないです! これから妻になる人に贈る宝石にかどがあっては台無しじゃないですか!」


 言っていることはよく分かる。

 ただし、やっている事の理解はもう諦めている俺である。


「ゔぁららららららららら!! ゔぁらららららららららららいっ!!!」


 その後、3度のリテイクを経て、ようやく鬼瓦くんが納得する研磨されたダイヤモンドが誕生した。


「はわーっ! なんだかキラキラしてるのです!」

「ほんまやねー! 多分、鬼神兄貴の必殺技の効果やで!」

「2人とも? この事はよそで喋っちゃダメだよ? 絶対ね。俺と約束しよう」


 18歳になった天使たちは、中学二年生だった頃と変わらない素直な心で「はいです!」「ウチも了解です!」と返事をする。



 良かった。

 これで俺の大事な天使たちが奇異の目で見られる事はなくなった。

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