第569話 鬼瓦くんと決心
リトルラビットで行われた壮絶な当主継承戦から明けて翌日。
昼前まで布団とイチャイチャしていた俺をスマホが呼び起こした。
「へーい。こちら桐島」
『桐島先輩。おはようございます。昨日はありがとうございました』
鬼神グッドモーニング。
「おう。いや、俺ぁご飯食べてデザートまで頂けて得しただけだから、気にしなさんな」
『いえ、桐島先輩の温かい叱咤激励がなければ、僕は心を決めることはできませんでした。本当に桐島先輩がいてくれて、僕ぁ、僕ぁ!!!』
「おう。ってことは、ついに決心したのか!?」
「ゔぁい! 僕は、真奈さんに結婚を申し込もうと思います!!」
ついにやって来た、鬼の春。
長かった。ここまで、随分と遠回りして来た。
高校1年の文化祭で求婚してから、6年近くもかかるとは。
周りから見ている者の1人として実にやきもきさせられたが、ついに決まるか。
「おめでとう! 心から祝福させてもらうよ!!」
『ゔぁい! ……ところで、桐島先輩。いいアクセサリーショップをご存じないですか?』
鬼瓦くんの質問の意味をすぐに理解する俺。
ゴッドはさ、ここで俺が素っ頓狂な勘違いをして、ひとつボケを挟むとか思ったんでしょう?
そういう決めつけってよくないなぁ。
俺だって来春から社会人よ? 何を求められているのかくらい分かるさ。
「アクセサリー専門じゃねぇけど、良い人を知ってるぜ! 鬼瓦くんもよく知っている人だから遠慮しないで済むだろうし。俺から連絡しとくから、昼過ぎにでも行ってみるか!」
ここまで首を突っ込んだからには、最後のグッドエンディングまで付き合わせてもらう所存。
俺は鬼瓦くんと待ち合わせの時間を決めたのち、一本電話を入れて、適当にブランチを済ませて身支度を整えた。
「ゔぁぁあぁあぁぁっ! なるほど! さすが桐島先輩だ!!」
「ははは! よせやい、鬼瓦くん! ここ、駅前通りだぜ!? ほら、すげぇ写真撮られてる!!」
鬼瓦くんに高い高いされながらやって来たのは、アマンド。
今更ゴッドに説明の必要もないかと思われるが、念には念を入れるのが俺。
ここは、土井先輩と天海先輩の経営しているアパレルショップである。
「やあ。桐島くん。鬼瓦くん。そろそろいらっしゃる頃合いだと思っておりましたよ」
「土井先輩! すみません、急に予定を空けてもらっちまいまして!」
「何をおっしゃいますか。親愛なる後輩諸君に頼られることこそ、先に生まれて来た者の
「ゔぁい! お世話になります!!」
中に入ると、天海先輩が接客中だった。
俺たちに気付くと、パチンとウインクで合図をくれる。
これはハートを撃ち抜かれる案件。
天海先輩があんなお茶目な仕草をするなんて。
「申し訳ございませんが、今しばらくお待ちくださいませ。もう少しいたしますと、お客様が途切れる時間帯になりますので。それまでは商品を見てお時間を潰されますと幸いです」
何度来てもオシャレなショップ。
天海先輩の買い付けて来るオシャンティーな服と、土井先輩の築き上げた独自ルートの販路が見事に合致して、最高のシャレオツな空間ができあがっている。
20分ほど合間があったので言われた通りに店内を物色していたところ、気付いたら俺はレザージャケットを購入していた。
だって、土井先輩が勧めてくれたんだもん。
そりゃあ買うよ。
「わたくしも普段着ておりますよ」とか言われたらさ。
完全にワンランク上の男になるためのアイテムをゲットしてしまった俺。
そこに、最後のお客さんを見送った天海先輩が合流した。
「やあ! 待たせてしまったな! 鬼瓦くん、ついに結婚するんだって?」
「ゔぁあぁあぁっ! 桐島先輩!」
「え? ダメだった? いや、てっきり結婚指輪の相談だと思ったから、お二人にゃ事の次第をほぼ全てご説明しといたんだけど」
「すみません。よく考えたら何の問題もありません。条件反射で」
「おう。なんか分かるよ。平行世界で散々リアクション取ってた気がするもん」
土井先輩が歩み出て、アマンドオリジナルのカタログを見せてくれる。
「わたくしどもの店でもアクセサリーは取り扱っておりますが、既製品よりもオリジナルの、世界に一つだけの指輪がよろしいかと思いましたので、こちらの貴金属工房をご紹介できる手筈を既に整えております。出過ぎたマネでしたら申し訳ございません」
「むちゃくちゃオシャレな指輪とかネックレスですね! これってもしかして、土井先輩のアメリカ時代の?」
「ええ。留学先で知り合った方の工房です。今はアメリカ南部の昔鉱山地帯だった場所で受注生産のみを受け付けておられます。お気に召しましたら、わたくしがすぐに取り寄せるよう手配いたしますが」
もはや説明不要の恐ろしい手回しの速さ。
俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「お、お願いします! ただ、あの、取り寄せて頂くのに注文を付けて申し訳ないのですが、宝石の部分は自分で用意したいと思っているので、それ以外だけを頼む事は可能でしょうか……?」
「おお! 鬼瓦くん、宝石にこだわりがあるのか! そういうところ、女子は喜ぶと思うぞ! もちろん可能だとも!」
「おやおや。蓮美さん。わたくしはまだ返答をしておりませんのに」
「はっはっは! 君に出来ない事があるのなら、他の誰にも出来ないだろうからな! 出来ない事はすぐに否定する男だろう、君は!」
「やれやれ。これは参りました。ええ。もちろん可能でございますよ」
鬼瓦くんの表情が明るくなる。
どうやら、結構重要な懸案事項だった模様。
良かった、良かった。
「10日ほどお時間を頂けますか?」
「ゔぁああぁっ!? と、10日で届くのですか!? アメリカから!?」
「思い立ったが吉日と申します。鬼瓦くんの決意が熱い炎を宿したまま、想いを告げられるのが良いかと。先方には最優先で仕上げてもらいますゆえ、ご安心ください」
「私の自慢の相棒だからな! 土井くんに任せておけば大丈夫だ!!」
「また、蓮美さんはすぐにそうやってわたくしをおだてるのですから」
「おだててなどいないさ! 事実を口にすのはいけないことか!?」
「参りました。わたくしの負けでございます。では、鬼瓦くん、デザインを描き起こしましょう。僭越ながらわたくしがお手伝いを。済みましたら、すぐにメールで先方に送らせて頂きますので。さあ、こちらへ」
「ゔぁい! お世話になります!!」
鬼瓦くんは土井先輩と一緒にカウンターで作業開始。
これはどう考えても良い指輪に仕上がること疑いようもなく、俺は天海先輩とその様子を眺める。
「ふふっ! 後輩に先を越されてしまったか! 私も結婚を考えているのだが、店を開いたばかりだからな! 育児の事を考えると、もう数年は我慢だな!!」
「先輩方の結婚式も楽しみっす! 絶対呼んでくださいね!」
「ああ! もちろんだとも! それにしても、まさか桐島くんが独り身になろうとはなぁ! 私がフリーだったら、恋人に立候補していたのだが! はっはっは!」
「俺ぁしばらく仕事が恋人みたいなもんですからね。そのうち良い出会いがあればいいんですけど」
「良縁を引っ張ってくるためには、まず身なりからだぞ! どうだ、こっちのシャツなど、先ほど君が選んでいたレザージャケットによく似合うと思うが!!」
結局この日、鬼瓦くんは新たな決意とともに、プロポーズに必要な重要アイテムを発注。
それに付き合った俺は、土井先輩と天海先輩に乗せられて、アマンドの売り上げに貢献した。
こうして着々と鬼瓦くんの勝負の時が近づいていく。
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