第568話 鬼瓦くんと免許皆伝
「説明するわね。
なんか始まった。
とりあえず、淀みのないママ瓦さんの説明は勅使河原さんを想起させ「ああ、やっぱり勅使河原さんはここに嫁ぐべきだよなぁ」と思わずにはいられなかった。
それで、俺は一体何をさせられるんですか?
生贄ですか? 戦いの神に捧げる供物ですか?
「一種神拳菓子武闘とは、読んで字のごとくよ」
「すみません。さっぱり分かりません」
「あら、桐島くんったら、分かっているくせに。いいわ。一種類のお菓子にだけ心血を注ぎこみ、最高の一品で審査員の舌を舞台に闘う、これがルールよ」
「ああ。やっと理解できました。洋菓子対決の審査員を俺たちはやるんですね?」
「えーっ!? コウちゃん、本当に理解できてなかったのぉ? 大丈夫? ちゃんと大学卒業できる?」
「理解できてる方がおかしいんだよ!! なぁ、花梨!!」
「真奈ちゃんから聞いた事があります……。まさか、本当に実在していたなんて!!」
「花梨さん!! 君まで向こう側に行かんとって!!」
とりあえず、一種神拳菓……長いな! 鬼瓦家の免許皆伝の試練が始まった。
俺たちは客間に通されて、布団を敷いたらおやすみなさい。
明朝10時に仕上がると言われる洋菓子に備えて、体を休める。
当然のことながら、鬼瓦くんとパパ瓦さんは夜通しかけて最高の一品を仕上がるのだそうで、そこにはいかにママ瓦さんと言えど、立ち入ることは許されないと言う。
「ねーねー、コウちゃん! お菓子、どんなのかなぁ?」
「楽しみですよねぇ! 朝ごはんは普通に食べなくちゃいけないらしいですし、軽めのものでしょうか?」
「まず君たちは俺と布団を並べている事に対して何かコメントはないのかね?」
「えーっ? 今更コウちゃんと同じ部屋で寝るのにリアクションなんて取れないよぉー! わたしの尊敬する出川哲郎さんでも多分真顔だよぉ?」
「ですよねー! 公平先輩の安全性はあたしたちが一番よく知っていますし! あと、あたしたちに何かできる甲斐性がないはもっとよく知ってますし!!」
「俺の男の子の部分を全否定すんの、ヤメてくれない?」
確かに俺たちは、大事な幼馴染と親密な先輩後輩という関係以上には発展しなかったけども。
1度は好きとか惚れたとか言ってくれたじゃん?
それが4年近く経つと、こんなにドライな感じになるの?
今俺がそんな事を考えている一方で、花梨が左で普通に寝息を立て始めている。
ああ、これはアレだな。信頼の証だな。
「みゃーっ!」
「おぶっ」
右からは毬萌の踵落としが俺の腹筋に振り下ろされる。
昔から思ってたけど、実は起きてるんじゃないの?
疑念に駆られた俺は、毬萌の頬っぺたをつついてみたところ、今度は裏拳が顔面に飛んできて、全てを悟り体を丸めて眠りについた。
「さあ、3人とも、しっかり食べてちょうだいね。お赤飯もあるわよ!」
翌朝の7時30分。
ママ瓦さんの用意してくれた朝食を取る。
割とガッツリ用意されている。
こんなに食べて審査員が務まるのだろうか。
「安心してね、桐島くん。お腹の膨れ具合も想定してメニューを考えているのよ。満腹だからと言って食べられないお菓子は所詮二流。満腹でもつい手が伸びてしまうお菓子こそが一流の品なのよ!」
ママ瓦さんの言う事はもっともであり、ならばと俺もご飯をたんまり頂くことにした。
トロトロのオムレツが大変美味しゅうございました。
そののち、「部屋でゴロゴロしておいてね」と申しつけられたので、怠惰を極めるがごとく、俺たちは食べたばかりで横になる。
毬萌のゴロゴロしっぷりには既に貫録すら感じられ、これは来春からのニート生活もさぞかし順調だろうと思わずにはいられなかった。
そんなこんなで時は来て、リトルラビットの柱時計が10時の鐘を鳴らす。
「まぁず、おじさんの方からぁ、ああ、食べてちょうだぁいねぇい!」
テーブルに座った俺たち3人の前に、パパ瓦さんの品が並べられる。
なんでも、一種神拳菓子……試練の先行は当代の主だと決まっているらしい。
パパ瓦さんの繰り出した品は、チョコレートムース。
見た目はシンプルで、取り立てて説明すべきところは見当たらない。
「さあさあ」とママ瓦さんに勧められて、俺は一口目をパクり。
「こ、こいつぁ! 口の中に入れた途端に消えていくようななめらかさ! だけど、全部が泡のようには消えねぇ! サクサクした食感はビスケットだ! そこに、凍らせたラズベリーが加わって、後味が心を惹きつける! そうなると、また次の一口を舌が求めちまう!!」
「どしたの? コウちゃん」
「朝からテンションが高いですねぇー」
「いや、料理対決だろ!? ぜってぇ正しいリアクションは俺だと思うんだけど!?」
なんだかそこはかとない恥ずかしさを感じて来たので、残りは静かに頂いた。
だけど、さすがはパパ瓦さん。
そんなに腹が減ってないのに、空の容器を舐めたくなるくらいに完食させられてしまった。
鬼瓦くんは大丈夫だろうか。
この凄まじい一品に勝てるスイーツを誕生させる事ができたのか。
「くっ……。お待たせ、しました……。僕の品を、どうぞ……」
「鬼瓦くん!? どうした!? なんでボロボロになってんの!?」
「いえ、大丈夫です。
ツッコミが全然足りてないけど、尺の都合でこれ以上のツッコミが許されないと言う、俺にとっては辛い展開。
そんな思いは軽く無視されて、ママ瓦さんが新たなスイーツを並べてくれた。
「これは、あんみつですかぁ? 洋菓子って縛りなんじゃ?」
「冴木さん。それは僕の出した洋菓子の答えだよ。洋風あんみつ。真奈さんと一緒に考えたレシピの中でも、一番の自信作なんだ」
「みゃーっ! こっちも美味しそうなのだーっ!!」
「確かに。見た目が爽やかで、満腹感がこなれる気がするな」
鬼瓦くんがオリジナル洋風あんみつの説明をしてくれる。
「フルーツは全てジュレで包んであります。その上に、軽く仕上げた生クリームをトッピング。下の層になっているシロップの中には、杏仁豆腐と寒天、それにミントのゼリーが入っています。最下層のあんことよく混ぜてお召し上がりください」
一言だけ良いだろうか。
パパ瓦さんも説明してくれたら、俺、あんな恥ずかしい長セリフ言わなくて済んだよね!?
では、気を取り直して。いただきます。
「おう! なにこれ、ジュレで包まれたフルーツと杏仁豆腐と寒天にミントのゼリー、全部が違う食感で面白い! しかもあんこと相性抜群!!」
「みゃーっ! みんな四角くて見分けつかないから、食べるまでワクワクできるねっ!」
「しかもローカロリーっぽいところが女子には嬉しいです!!」
俺たちはこちらも完食。
だが、困った事になった。
どっちも美味過ぎて、これは優劣をつけることができないぞ。
するとパパ瓦さんが立ちあがった。拍手をしながら。
リトルラビットが揺れている。
「ぶるぁあぁぁぁぼぉおぉおぉっ!! 武三、お前さぁん、やってくれたぁねぇい!!」
「立派よ、武三! よくぞ一種神拳菓子武闘をクリアしたわね!」
どういうことですか?
ママ瓦さんが説明してくれた。
このスイーツ対決は、満腹状態で行われるため先攻が圧倒的に有利。
であるからして、後攻のスイーツが好評だった時点で、勝負は先攻の負けという取り決めがあるらしい。
なるほど、意外と理にかなっている。
ギャグみたいな名前なのに!
鬼瓦くん、これにて免許皆伝。
リトルラビットの新当主として、たった今、力強い産声をあげた。
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