第567話 鬼瓦くんと前進

 リトルラビット閉店後、鬼瓦くんは言った。


「父さん、母さん! 僕にリトルラビット継承の試練を受けさせてください!!」


「なぁぁにぃぃ!? 武三、お前ってぇヤツはぁ! ついに決心したんだぁねぇい! 父さんは嬉しいんだぁあよぉう!!」

「ついにその時が来たのね。お赤飯炊きましょう。話はそれからよ。桐島くんたちもお夕飯、食べて行ってね」


 何が始まるのかは分からないが、何かが始まるらしいことが分かった。


「はぁーい! ご馳走になりますっ!!」

「ふぅー。お母様、脱いだ制服はどうしましょうか?」


「受け取るわ。ごめんなさいねぇ、サイズが真奈ちゃんのものしかなくて」


「あ、いえいえー。ちょっとキツかったですけど、どうにか着られましたから!」

「みゃーっ……。わたしは意外と余裕があったのだ……」


「そんなに急いで着替えることねぇのに!! 花梨、もう一回着てみねぇか!? 俺ぁ写真に収めておきたい!!」


「はぁー。公平先輩、そういう目で女の子の事を見るの良くないですよぉ?」

「…………。…………」



「悪かった! ほんの冗談! だから毬萌、無言でビリビリコウちゃん起動しないで!!」



 命の危機というものは、ちょいと視線を移動させただけでその辺に転がっている。

 人生はなんと危険に満ちているのだろう。

 上手な歩き方を早急に身に付けるべきだと俺は痛感した。


「武三、お夕飯の支度を手伝ってくれる? 私はお赤飯に掛かるから」

「分かったよ、母さん。さあ、先輩たちはテーブルでゆっくりしていてください。今、お茶をご用意します」


 温かいミルクティーを淹れてくれた鬼瓦くんは、足早に去って行った。

 そこで、俺たち再結成生徒会は情報共有。


「コウちゃん、武三くんの事をちゃんと説得できたんだね! 偉い、偉いっ!」

「おう。なんか、上から目線なのがちょいと腹立つけど、まあどうにかな」


「にははーっ! だってわたし、会長だもんっ! 上に立つ人間なのだっ!」

「それが春からニートだって言うんだから、人生一寸先は闇だな!」


「それにしても、公平先輩の交渉術はさすがですね! あたしは信じてましたよ!」

「そうか! 花梨は相変わらず素直に褒めてくれるから嬉しいぜ!」


「あたしの胸ばっかりものすごく見ていたのもなんだか懐かしかったです!!」

「いや、昔はそんなに見てなかったろ!? そして今回はしょうがねぇじゃん! もう、なんつーか色々はち切れそうだったもん! あれは仕方ねぇよ! あああ!! ごめん、毬萌!! もうこの話題から離れるから、その手に持ってる凶器を置いてくれ!!」


 たかだか脂肪の塊に、どうして男ってヤツぁこうまで惹きつけられるのか。

 小難しい理屈は色々とあるようだが、本能的なものだと思うんだよね。


 胸に関して深い考察を頭の中で繰り広げていると、毬萌が俺を指さした。

 ビリビリコウちゃん3号は勘弁してください。

 もうビリビリのレベル超えてました。あれは凶器どころか、兵器だよ。


「さて、我ら生徒会の優秀なネゴシエーターであるコウちゃんが武三くんを説得してくれたので、わたしたちは新たなフェーズに移行するのだっ!」


「おう。勅使河原さんに連絡だな!」

「はい、コウちゃん落第! 点数で言うと5点!!」


 留年確定のロースコアを獲得してしまった。


「今の状態だと、今度は真奈ちゃんが納得してくれませんよぉ。鬼瓦くんが一人前になったって言う、何かしらの証明がないと」

「うん。もうちょっと分かりやすく頼める?」


「もぉー! だからですね、今、鬼瓦くんが真奈ちゃんを迎えに行っても、あっちからしたらですよ? どうして急に翻意したの? 理由もないのに。私って言う便利な女を繋ぎとめるため? とか、思っちゃうんですよ!」


「ええ……。そんな風に思うのか? めんどく」

「…………。…………」


「さすが花梨だな! 素晴らしい考察! いやぁ、女心ってのは高尚でいけねぇ!!」


 命を拾ったタイミングで、ママ瓦さんが俺たちのところへ料理を運んで来てくれた。

 大人数なので、イートインスペースで夕飯にすると言う。

 昼から動きっぱなしだったので、腹も結構減っている。


 鬼瓦くん特製の生姜焼きが実にいい匂いで、食欲を刺激して来た。

 難しい話は腹を満たしてからでも良いだろう。



「父さん。僕はリトルラビットを正式に継ぎたいんだ。大学を卒業してからと考えていたけど、それじゃあ遅すぎる事に気付いたんだよ。桐島先輩と、毬萌先輩に冴木さん。そして誰よりも大切な真奈さんに気付かされたんだ」


 難しい話はあとにしようって言ったのに、まさか食事中に重要イベントが始まるとは。

 せっかくの生姜焼きに集中できない。


「あーむっ! んー! おいしー!! お赤飯もっ!」

「あら、ありがとう、毬萌ちゃん! お赤飯、おかわりもあるわよ!」


「お味噌汁もすごく美味しいです。このサクサクするの、何ですかぁ?」

「んんー、それはねぇい、クルトンって言うんだぁよぉう! 余ったぁお菓子の生地からぁ、ちょっと作ってぇ汁物に入れるとぉ、食感が楽しいんだぁよぅ!」



 毬萌と花梨、鬼瓦くんの重要イベントに水を差しまくる。



 ヤメてあげてよ!

 完全に大事な話が始まってたじゃん!

 生姜焼きの感想とか、味噌汁のちょっとひと手間とか、そういう話は後で良いじゃん!!


「武三、覚悟はできてるんだぁねぇい? 父さんを隠居させると言う事が、どういう事ぉかぁ、分からなぁいお前じゃあ、あ、ないものねぇい?」


「えっ!? お父さん、隠居されるんですか!? 親子で切り盛りしていくんじゃなくて!?」


 今度は俺が水を差す。

 だけど、仕方ないじゃないか。

 これは確認しておかないといけない、重要事項でしょう?


「ええ。鬼瓦家では、次世代のパティシエ戦士が育ってきたら、当代のパティシエ戦士は前線を退くのが代々の掟なのよ」



 パティシエ戦士ってなんですか。Z戦士みたいなものですか?



「武三がぁ、新たにぃ当主になったらぁ、リトルラビットの行く末はぁ、全てぇ! お前さんのぉ、腕一本にぃ託されるんだぁよぅ。もう一度聞くがぁねぇい、覚悟は出来ているぅんだろぉう?」


「もちろんだよ。覚悟もなしにこんな事、言えやしないさ。これも、桐島先輩の力強い後押しのおかげだよ!」

「えっ!? あ、あの、なんか壮大なお話になってますけど。そんなに重大なアレでしたら、焦らなくてもって言うか? じっくり時間をかけて」


「いえ、僕は決めました! 桐島先輩のおかげです!!」

「あ、そ、そうなの? うん、じゃあ、アレがナニしても、アレだね。おう」



 これで万が一の事があったら、全部俺の責任になるヤツだな!!



 鬼瓦家にそんな家訓があるとはいざ知らず。

 なるほど、だから新当主になる事に慎重になっていたのか、鬼瓦くんは。


 代替わりして、お客が減って廃業なんて事になったら目も当てられない。

 そりゃあ慎重にもなるだろう。

 できれば、そんな事情がある旨をそっと教えて欲しかったな。



 もう退路がないみたいで、俺ぁストレスで死にそう!!



「コウちゃん、そんなに熱く武三くんを鼓舞したの!? みゃーっ! すごいっ! 明日から宇凪市の松岡修造って呼んだげるねっ!!」

「やっぱり公平先輩は心を決めさせるのが上手です! あたしが東京に行くのを後押ししてくれた時の事を思い出しちゃいましたよぉ!!」


「ヤメろ! これ以上俺を持ち上げるな!! そっとしといてくれ!!」


 俺の気持ちを置き去りにして、話が進んでいく。


「じゃあ、とうとうするのね、あなた! 一種神拳菓子武闘いっしゅしんけんかしぶとうを!」

「もちろんだぁよぅ! 武三、父さんは、受けて立つ準備、ずっと前からぁ出来ていたんだからねぇい!!」


 なんか始まろうとしている。

 壮大な鬼瓦家に伝わる、なんかよく分からん何かが。


「審査員は桐島くんたち3人に頼みましょう! 時間は明日の午前10時までよ! 3人とも、今日は泊っていってね! そして、歴史の立会人になってちょうだい!!」


 当然のように巻き込まれる俺。


「はーいっ!」

「頑張りますね!」


 お前らもそんな簡単に安請け合いするんじゃないよ!

 何するかも分かってねぇのに!!

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